2017年11月27日月曜日

11.26

11.26

今年の九月にJET THUNDERSというバンドの企画、アクメナイトに出演させてもらって、そのあとボーカルのしっぱいまんからメールが来た。忘れられない内容だった。

11.22に初めて渋谷ラママのステージに立って、そのメールの文章が頭をよぎった。

昨夜、11.25の深夜にしっぱいまんから電話が来ていて、すぐに折り返した。
渋谷ラママであったオナマシのイベントで峯田のライブを見て、一緒に少し打ち上げにも参加したという話だった。オレは単純に羨ましかった。

今日の15時頃、下北沢をプラプラしてると、目の前に峯田とオザケンさんがいた。何かの取材なのか、まわりにはひとだかりが出来ていた。
オレは銀杏BOYZのパーカーを着ている事をそん時思い出さなかった。
少しだけその様子を遠くから眺めて、2人を横切ってその場を去った。

そのあと何時間かして下北の高架下で人だかりが出来ていて、その中にオナマシのイノマーさんがいた。そこですぐに察知した。たぶんこれからここで峯田歌うんだなって。

予想は的中した。30分後くらいにオザケンさんと峯田が小さな特設ステージに登壇して、2人で歌い出した。おそらくオザケンさんの歌かと思われる歌をハモりながら2人で歌ってた。目の前のイノマーさんの後ろ姿は小さく縦に揺れてた。おそらくVANSかと思われるキャップを被りながら小さくリズムを刻んでいた。途中、ステージを挟んで向こうにオノちんさんも来て、イノマーさんが嬉しそうに手を振っていた。峯田とオザケンさんは同じ曲を三回歌った。そしてほとんど喋らずあっさり降壇した。たぶん何かの音楽番組の収録なのだろう。まわりには業界的なスタッフが何人もいた。2人の歌う姿に素直に感動した。とてもシンプルな音楽なのに力強く繊細で近くて遠くて何より優しくて友達のような音楽に、素直に感動して、音楽っていいなと、何度目かわからんけど、思った。そしてそれを楽しそうに見るイノマーさんに感動した。そして昨夜しっぱいまんからの電話の話を思い出してまた感動して、九月のメールの内容を思い出してまた感動した。
そんな、マジ最高な日でした。

2017年11月25日土曜日

11.24

11.24
リンダリンダラバーソールのライブリハで地元札幌へ。
降り立つと雪が少し積もっていて、買ったばかりのランニング用のadidasじゃまともに歩けなかった。LOGにギターと機材を置かせてもらい、ケイと合流しクラーク亭へ。ボイガルの話をキッカケに、その日ライブがカウンターであるって知って、ドリンクバー頼んだばかりだったが急遽向かう事にした。本当に突然だった。
2人でライブを見るのはいつぶりだかわからんが本当に久しぶりだと思った。
カウンターに着くと扉の向こうからはいい感じの音が聞こえてきてセブンティーンアゲインだった。初めて見たけどカッコ良かった。若者たちの音楽の中に古の芯を感じる新しさが感じる音だった。
ボイガルのライブは出だし二曲がマジヤバくて最強だった。春々が曲として凄く良くて、個人的には、合言葉のあの歌聞きたいなーといつも思って見ている。ケントボーイズが今だに煙草スモーキーのTシャツ来てて、あれ誰がわかんだよ、って感じで最高だ。
外に出ると札幌らしい雪が無風の中ちらついていた。
ゆっちと合流し三人でスタジオマグナムへ。これまたいつぶりだかわかんないくらい久しぶりのマグナム。たぶん5年ぶり、くらい、、。
練習していると、DOUBLE SIZE BEDROOMの但野が部屋に入ってきた。今年の2月8日の下北沢SHELTER以来の再会。
あいつは笑っていた。

バンドでスタジオに入っていたらしい。
オレもだ。

2017年11月24日金曜日

11.22

11.22
21時10分の京王新線に3分揺られて自宅へ
ギターとエフェクター背負って自転車で渋谷へ
21時26分にラママ到着した時は、まだニュータウンが始まったばかりで、石塚さんに挨拶し楽屋裏へ
めちゃくちゃ久しぶりにナデガタに会い、あまり話す余裕もなく出演の準備をする
その間にめちゃくちゃ久しぶりにTHE GUNG BALLONのメンバーや、膝の皿ジャックの竹迫に会う。竹迫は久しぶりの再会を喜んでくれて、それはオレもとても嬉しかった。膝の皿ジャックもうやってないんすよー、今日は別のやつで出たんです、とまだ音楽やってんならお互い問題ないわ。オッケーオッケー。

すぐさま出番になりその日のステージのトリで出演。さよなら新宿JAMというイベント。

1.サンキューエレキギター
2.12月革命
3.レインマン
4.ロマンズ君からフレンズ君へ

初めての渋谷ラママのステージで、新宿JAMの事と、ほんの少しだけGOING STEADYの事を思った。とにかく悔いのないようにやるだけだった。すぐにライブは終わった。楽屋裏に戻り階段であがった息を整えて、さぁこれから先、どんな風に生きて行こうか、ライブが終わる度いつもそんな風に思う。

フロアに戻ると渋谷ラママの社長が振る舞ったおでんをみんなが食べていた。オレはニュータウン柳田と竹迫と話した。そのまま新宿に移動になりオレだけ自転車で明治通りを飛ばした。途中雨が強くなった。さすがにこたえて来たがまだ、あと、あと、ちょびっとだけ、みんなと話したいと思った。
新宿に着いてJAMに機材を置き、その日JAMでイベントをやっていた組がいるアルプスへ。
めちゃくちゃ久しぶりにサーティーンの神宮さんに会って嬉しかった。Teenager kick assのボーカルもいて、少しだけこいつと対バンしたいなと思った。若い奴でそんな風に思ったのはこれまためちゃくちゃ久しぶりだった。
ニュータウン柳田とTeenager kick assのボーカルを始発の新宿駅に送り、JAMにまた戻り1人で自転車で帰った。
めちゃくちゃ疲れた日だったけど、めちゃくちゃ忘れたくない日だった。

石塚さん、ありがとう。
15才で、渋谷ラママが舞台のGOING STEADYの君と僕とBEEのBEET戦争を見て、バンド始めて、JAMと出会って、さよなら新宿JAMというイベントではあるけど、渋谷ラママのステージに立てたというのは、オレ的にはとてと感動的な出来事だったんです。

2017年11月20日月曜日

11.20

私の窓。
11.19の新宿西口を14Fから見下ろして書いている。トランプ大統領が来日した時もそうだったけど、西口のロータリーには黒いバスがよく祝日とかになると集まってくる。今日は微かに君が代が聞こえてきた。

11.16
夜21時半くらいにTHE BOYS&GIRLSのシンゴを呼び出し新宿東口にある安い居酒屋に行き、本当いつぶりかわからないくらい久しぶりにゆっくりと2人だけで話した。しょうもない話しばかりした。出逢って10年近い。でもこんな風に話した事はほとんどない。23時過ぎくらいに閉店し解散。またこんな風に話すのは10年くらい先かもしんない。わからんけど。

11.18
三年ぶりくらいに美容室で髪を切った。いいもんだった。肩より長くなった黒髪は床にバッサリ落ちて、美容師さんはそれをホウキで掃いていた。その美容師さんは江ノ島の方に住んでいて、駅の近くにあるオッパーラというカレー屋さんにはいいバンドがライブしに来るという話をしてくれた。オッパーラという名前はブルハーブがライブした会場として知っていてその話で盛り上がった。横須賀のジャズ喫茶や逗子の海岸の話もしてくれた。美容室に行きたくないのは美容師さんと話さなくちゃいけないような気がしていたってのもあったけど、その美容師さんとは自然に話が出来た。なんだかんだ3時間くらいいて、会計し帰宅。またこんな風に話すのは三年くらい先かもしんない。わかんないけど。

一度家に帰りその足で新宿へ。
西武珈琲という店でハートたちのみつるとお茶。みつるとこうやってゆっくり話したのも、そもそもあんましなかったなーと思った。みつるとはどこかが圧倒的に食い違ってて、どこかが圧倒的にハマってるようなそんな友達。とにかく何かあれば駆け付けてくれたり背中をぶっ叩いてくれる奴。1時間くらいだったけどまたこんな風に近いうち話せたらいい。

そのまま新宿のルノワールに移動しカメラマンの惇君に逢う。惇君と逢う時ってのはいつもどこかまんをじしてたり、ここぞって時が多い。自分にはないたくさんの魅力を持っている。でもどうしてかいつもより友達のような距離感で話せている自分がいた。惇君が撮りたいと思えるように今までもこれからも生きていたいと思った。


人生のかなりの時間を新宿という街で過ごすようになった。この街が好きな理由は、1人になりたくても1人にさせてくれないし、誰かといたくても1人にさせられるところだ。

2017年11月16日木曜日

11.15

そこに「いたくて居れた」

そこに「いたかったけど居られなかった」

そこに「いたいとも思わなかった」

そこに「居たいと思っただけだった」

ここに「居て欲しかった」


昔の話を書くのは何とも言えない気持ちだが記憶を記録として残すのも、私の窓。


未完成VS新世界というバンドが大好きだったオレは、ボーカル澤田健太郎が書くメロディと歌詞に夢中だった。虜だった。真似しようとしても出来なかったから、ライブで直接曲をカバーしたりもした。
未完成はオレの中で札幌を代表するバンドだった。そして上京して行った。誇りに思えるバンドが広い世界に受け入れられていく姿は、それもまた誇りだった。そして同じくらい寂しかった。

少しだけ、ここに「居て欲しかった」のだ

遠くから見ていた。未完成の記事が掲載された雑誌はだいたい買った。ロッキンジャパンに出演した映像も何度も見たし、その時確か出番が毛皮のマリーズの後だった時の事を書いた澤田さんのブログも覚えてる。そのうちオレも東京でライブをしたいと思い始めたんだ。そして2011年2月9日に新宿JAMで初めてライブをする。その日がきっかけで「THEラブ人間」というバンドを初めて知る。そして未完成VS新世界との繋がりも。

THEラブ人間の「京王線」、「大人と子供-初夏のテーマ」、「わたしは小鳥」という歌のライブ映像やMVがYouTubeにあがっていて、それを何度も見て、何度も見て、何度も見た。そして少しずつTHEラブ人間を尊く思うようになった。
2011年の3月11日に地震が起きて、そのすぐ後に「砂男」のスタジオライブ映像を発表していた。それを見て、完全にやられた、オレが確かにいた。

同年6月11日に「砂男/東京ツアー」でTHEラブ人間が初めて札幌moleに来る事になって、リンダリンダラバーソールを共演バンドに選んでもらえた。だがバンドでは出演出来ず、でも一人でも共演したかったし、そして一人でも出演させてもらえた。当日は未完成VS新世界も一緒に東京から来て共演する予定だったが、澤田さんが指を怪我して来る事が出来なくなった。ベースの安田さんがラブ人間と一緒に来ていて、オレは未完成の「ケーキをつくる」をカバーした。ライブが終わった後、ツネさんがすぐに声をかけてくれてその時の言葉を今でも覚えている。打ち上げではずっと金田康平と話していた。帰るあてがなくなって、シンゴに連絡し、札幌バンドマン達と康平を連れてシンゴの家に行った。ぎょうざ食べたり、小銭見つけたりした。ステージ降りた後もずっとライブみたいな一日だった。
オレはその日、そこに「居たくていれた」んだ。

2011年の11月に「炸裂する思春期ツアー」でTHEラブ人間、二度目の札幌mole、今度こそはとリンダリンダラバーソール四人編成での出演が叶った。だがその日がベースの外山くんとドラムのゆっちが一度脱退する日にもなった。オープニングアクトにはTHE BOYS&GIRLSが決まり、未完成VS新世界も東京からラブ人間と一緒にきて共演する事になった。当日の出演バンドが揃った時は興奮して、すぐにシンゴに連絡した。打ち上げでは澤田さんにちゃんと歌えと少し説教をされた。バンド形態での活動が一度区切りを迎え、そして康平とシンゴは打ち上げの途中からどこかへ消えて、本当はオレも一緒に居たかった、でも、そうはならなかった。
もしかしたら、オレはその時、

そこに「居たいと思っただけだった」のかもしれない。


札幌から見ていたTHEラブ人間の活躍はとても輝いていた。あの日打ち上げで親友のように話していた康平がもうずっと先の人に感じて、オレは、
そこに「いたかったけど居られなかった」奴だった

でもずっと思っていた。そしてアルバムをずっと聞いていた。


2013年に一人でオレは上京して、渋谷の小さな部屋に住んだ。それからもなかなか康平には逢いに行けなかった。でもTHEラブ人間が何か節目を迎える時は意地でも駆けつけて、ライブを見た。だって、

そこに「いたいとも思わなかった」奴にだけはなりたくなかったから


上京して3ヶ月後の8月に未完成の澤田さんから電話が来て、札幌ツアーの共演にボイガル誘いたいから連絡先教えてと言われた。オレは悔しくて、オレは誘ってくれないんですか?と聞くと、出る?と聞かれ、そんな軽いノリで大好きなバンドのツアーに参加出来た。それでも嬉しかった。そして、当日はシンゴの喉が壊れて出演出来ず、でもボイガル3人は出演する事になって、オレは、メル、ハローグッバイサンキュー、の二曲を代わりに歌わせてもらった。
そこにいた誰もがシンゴに、

ここに「居て欲しかった」と思っている顔がステージから見えた。

何年か前の冬に、仙台から上京して来た、がく亜りと、新宿駅東南口で路上やる事になって、そん時に康平とシンゴとモヨコの森君を連れて行ってみんなそれぞれ持ち曲歌うって日があった。そん時も康平とシンゴは二人でカレー食べに行ってて、オレも一緒に居たかったから遅れてそこに合流したりしたなー。あーなんてダサいんだろう。顔が赤くなりそうだ。

それから、でも、やっぱり、
そこに「いたいとも思わなかった」日々が長過ぎた、でもきっと恥ずかしくて言えなかっただけなのかもしんない
そういった事は他にもある
生きるか死ぬか、とか、歌ってるくせに、一度きりの人生の中の、間違えてはいけない選択を、気付いていながら間違っているフリをしてきたのだろうか


昨夜は新宿JAMという場所でTHEラブ人間とTHE BOYS&GIRLSのツーマンライブがあった。これはオレもそこに「居なくてはいけない」日だったはずなんだ。そうありたかった。でもオレが、もしくはオレのバンドがそこに入り込む余地など微塵もなかった。だから、オレはその時間をお客さんとして共有する事で「居たかったけど居られなかった」自分を慰めた。ライブを見ていて思ったのは本当に最高な2バンドだった。歌は全然違うけどどちらも本当に大好きで、心の底から一緒にやりたいと思った。愛してるよ、と思った。キモい。

今は11.15が11.16になった時、元THEラブ人間のけんじがLUSHに呼んでくれてステージに立った。

胸を張って歌った。
LUSHでライブをした中で一番お客さん居なかったけど、
誰よりも胸を張って歌った。

2017年11月11日土曜日

11.11

11.11
昨日の夜から朝までシゲさんとアサトと遊んでいた。普段あまり行く事のない新大久保、外人がサムライと書いたユニフォームとふにゃふにゃのライトセイバー持って何人かでマラソンみたいのやっていた。アサトが合流して色んな話をした。途中から画家のサリーさんも合流して新宿の街で遊んだ。最後は東口のGUCCIの前でみんなで倒れ込んで終わり。壮絶だった。

そして先程発表できました。

2017.12.28
新宿JAMスタジオ
佐々木泰雅企画
「フロムTokyo2017」
OPEN18:30
START19:00
TICKET¥2000(1ドリンク付き)
出演
佐々木泰雅(フロムTokyo)
内藤重人(ThreeQuestions)
アサトアキラ
秋村充(ハートたち)
山下秀樹(ザ・ラヂオカセッツ)
大谷ペン(ザ・ラヂオカセッツ)

※チケット予約は全てこちらで承っております

定員枚数に到達次第お知らせいたします※

新宿JAMという場所でのオレの最後の企画です。
素晴らしい日にしたいと思っています。


上京した2013年の6.26に下北沢風知空知にてフロムTokyoというイベントをシゲさんがやってくれて、その翌年、また翌年と同じメンバー同じ会場で企画をオレが引き継がせてもらって、日付変わりながらもなんとか毎年やってきて今年も開催できた。昨年からはハートたちの秋村充も加わり6人に。そして今年は新宿JAMのスタジオに会場を移し開催。オレ自身新宿JAMでのラスト企画になる。いろいろな思いはあるがそれは詩に込めて放ちたいと思う。定員に限りがあるのですが来れる方は是非ともよろしくお願いします。

2017年11月10日金曜日

11.10


私の窓の外に映る世界を映画のように思いながら過ごしていきたい。私の窓の中を覗いた時、映画のような世界がそこにあったらいいですね。

いつか友達が言っていた、

広い世界を見て下さい。
そしてその世界が捨てたもんじゃないなら、
その世界の素晴らしさを詩にして、
たくさんの人に伝えて下さい。

私の窓の外、私の窓の中、どちらも素晴らしい世界が広がっていたらいいですね。

11.7には渋谷LUSHでライブをしました。
ピッピズという札幌のバンドのレコ発ツアー。
ボーカルのこーたはリンラバの解散ライブに行こうとしてたけど、当時変に尖ってて見に行かなかったと、話してくれた。なんだその尖り方とは思ったけど、愛を伝えるにはハッキリとするのが一番良いとオレも思ってるよ。
9年後、今のオレの年になったあいつの歌、聞いてみたい、そんなライブだった。

ジョーストラマーやジミヘンがロックをジャンルからマインドにして、それを忠実に生き方として表現して死んだカートコバーンから、オレは何を学んで来れたのか。
もっと本質に、根底に、泥まみれの輝く原石があるはずで、それがあれば私の窓の外も、私の窓の中も、もっと輝くんだろう。

そんな事を思った、
11.10。
東京の陽がいよいよ短かくなった今日この頃。

2017年11月5日日曜日

11.4

私の窓。
11.4の東京の深夜。日付けは11.5。
更新はしているがこんな時間ばかり。
さっきDVDを返しに近所のTSUTAYAに行ってきた。外の空気はひんやりとしていて、冬だった。冬の澄んだ空気の中、月が美しかった。
昔話みたいなもんだけど、花鳥風月という言葉、年齢を重ねる事に興味を持つモノを表しているらしい。
今年の2月にオレは、わたしも"花"になって、ツアーを終えた。そして自宅の屋根の上には"雀"がめっちゃいるし、膝に乗って来たりする。日々生きていて"風"の流れって大事だなと本当に最近思ってたり、良く"月"を見上げるようになったり。。ちょっと無理矢理感あるけど、確かにオレも、花鳥風月している。老けているんだろう。それをどう受け止めるかが大事ですね。
アメリカンスナイパー、パーフェクトワールド、二本の映画を見た。アメリカンスナイパーは二度目。ちょっと前には、ミリオンダラーベイビー、そのさらに前には、グラントリノ、を見た。全てクリントイーストウッド監督のモノだ。今並べた中でアメリカンスナイパー以外はイーストウッド監督自ら俳優としても出演していて、その際の台詞がとても好きだ。
今日初めて見たパーフェクトワールドという作品は少しハロウィンともかかってて、TSUTAYAからの帰り、幡ヶ谷商店街の街灯にはまだカボチャのお化けが吊るされていて、日本は一体何をやっているんだろうと思ってしまった。
もう日付け的には今日だけど、アメリカ合衆国のトランプ大統領が来日する。トランプ大統領に対してクリントイーストウッド監督が発している言葉がとても好感持てるので、ここに載せて今夜は眠ります。では。

2017年11月4日土曜日

11.3

私の窓。
11.3、東京の日。
日付け変わり11.4の深夜。
渋谷の自宅で1人、RadioheadのLiftという曲のMVを見てる。1997年にOK COMPUTERが発売されて、それから20年経って、ANNIVERSARY的にまたOK COMPUTERが今年発売されて、それに収録されている一曲。試聴機で聞いてめちゃくちゃいい曲だなと思って、それから少し経ってMVが発表されて、これもまた最高。
あとMetzというノイズパンクっぽいバンドがかっこよくて聞いたり、但野が新しいバンドの発表したり、リンダリンダラバーソールのおそらく新宿JAMのステージ最後のライブが決まったり、佐々木泰雅(フロムTokyo)のライブが少しずつ決まってきたり、来年の事も少しずつ決まってきたり。

11月に入り、東京はまた少し暖かくなってきた気がします。近いうちに路上ライブとかもまた再開しようかなと考えたりしている。やるとしたら何の曲かな。
誰かと長く話さなくちゃいけないのというのはとても良い事だなと今日改めて感じていた。

見に行きたいライブがたくさんあって少しずつ元気になってきた自分を嬉しく思う。


2017年11月2日木曜日

11.2

私の窓。
さっきまで少し夕暮れが綺麗だった。あの時間の空気というのは澄み渡っていて美しい。
10月が終わった。
10月20日に31才になった。
進めるしかない重たい足をゆっくり前に運ぶ。気持ちだけで。
いつかどこかで、あの日の夜みたいな気持ちを、未来のどこかで感じられるのを待ち侘びながら、今は一人で、この独り言を聞いてくれる人を探す旅。
誰かと一緒にいない時に、どれだけ誰かの事を想えるか。もっと自分ばかりじゃなくて誰かを思いやれるようになりたい、31才の抱負。

先日ライブ前に未完成VS新世界という、もともと札幌にいた先輩のバンドを見にラママに行った。ラママに来るのは2年前くらいに撃鉄のライブを見に行った以来かな。ラママと言えばゴイステのDVDの会場という印象が強い。
未完成VS新世界のライブを見るのは3年ぶりくらいかな。2015年の2月28日にオレはフロムTokyoというバンドで札幌でライブをしていた。THE BOYS&GIRLSのノロシヲアゲロというイベント。その日ボイガルはメジャーデビュー発表をし、同日東京下北沢DaisyBarで未完成VS新世界は一度解散した。その日のライブをオレは見れなかったから、もう二度と未完成VS新世界を見れないと思っていた。
2017年10月29日のラママのステージにセッティングをしに登壇した未完成VS新世界は澤田さんが痩せていて安田さんや海藤さんはあまり変わっていなかった。キーボードが加わりドラムはサポートが叩いてた。いつものSEが鳴って、一曲目は東京と金木犀だった。
未完成VS新世界の歌に出逢ってからたくさんの事があった。20才そこそこの時に携帯サイトで聞いた「未完成VS新世界」という歌からはじまって、そこからライブをめっちゃ見に行った。今はWONDERVERというバンドをやってる相澤龍伸君の以前のバンド、朝比奈サイエンスアカデミーの企画に出ていたシュリスペイロフやサカナクションやサジカゲン。そしてJET THUNDERSや高橋優、こけしDollや、ADICTIONやウェッジソールやBoysdontcryやリボルバーアホスターやtacicaやmonoblightも未完成と対バンしていて知った。
澤田さんは痩せていた。まぁもっと痩せてたけど前は。まるで解散なんて一度もしてないようなライブだった。凄く嬉しかった。またいつか一緒に出来る日が来るかもしんないし、その可能性があるのはとても嬉しかった。

オレも少し恥ずかしくなってた看板を建て直して、少し恥ずかしく鳴ってた現在の自分のテーマソングをながして、胸を張って声を張って頑張って行った先、いつかどこかで、あの日の夜みたいな気持ちを、未来のどこかで感じられるのを待ち侘びながら、今は一人で、この独り言を聞いてくれる人を探す旅。