2020年5月1日金曜日

七月の木

素直に書けたらいいなと思い、書いてみる。


なんとなく、2014年の夏の終わりくらいだった。
地元で同じバイト先になり、くるり、や、フジファブのコピバンを一緒にやった事のある吉田直弘が東京のぼくんちに住む事になった。
その後、フロムTokyoにギターとして参加してくれる事になったりした。
僕もちょうどギタリストを探していたし、何よりヨッシーのギターが凄く好きだったのだ。
狭い6.5畳くらいの部屋に27才の男が二人。
ある日、僕はサラバーズの、夏の夜、という曲を聞いていた。とてもいい曲だなと思った。すぐにギターを持って、なんとなく新曲のメロディを口ずさんでいたら、その曲つぎの新曲にしようよ、とヨッシーが言った。それが、July 、という曲だった。少し経ってフロムTokyoのスタジオ練習があり、そこでJulyを合わせてみた。これは、いい曲になる、そう思った。その日僕は新宿JAMでバイトをしていた。本当は出勤の予定じゃなかったけど、人が足りなくて、急遽、スタジオ練習以外の時間にドリンクカウンターで働いていた。僕が上のスタジオでJulyを合わせている間は、店長の石塚さんがドリンクカウンターに入った。ちょうどその時ステージでは、よもさん、が歌っていた。そして、石塚さんが見ているステージで倒れた。
僕らがスタジオから出ると、PAの山田さんがロビーにいて、今救急車でよもさんが病院に行った事を教えてくれた。
そして、そのまま、よもさんは死んだ。
その年のJAMFES、最後のステージでJulyをやった。アンコールの演奏中、ずっと、よもさんの匂いがしていた。
Julyという曲の事を考えると、いつもその日の事やJAMFESの事を思い出す。何かにしがみつかれて振り切る事の出来なかった夏の日のような感覚になる。

それから少し経って。
ハートたちの秋村充と渋谷のTSUTAYA前で待ち合わせをしていた。
やってきた充はジンをロックで飲みながら、Julyという曲が凄く好きだ、という話をしてくれた。そして、影響受けて曲も書いた、とも言っていた。
新宿JAMが無くなる寸前の2017年12月。
JAMの小さなスタジオで僕の企画を開催した。僕が上京した年に、シゲさんが下北の風知空知で開いてくれた企画、それの新宿JAMスタジオ版という感じだ。
予約特典として、充がミックスしてくれたJulyのライブ盤をお客さんにプレゼントした。みつるは久しぶりの連絡をくれる度、僕の曲の録音やミックスをやらせて欲しいと言ってくれた。
そんなきっかけで、今回Julyのバンドサウンドを充なりのやり方でremixしてもらった。乾いて、弾けたサウンドがとてもカッコいいと思った。

2016年、僕は7ヶ月ほどライブを辞めていた。その最中に曲ももちろん作っていた。その中で、はるにれ、というとっても良い曲が出来た。気負いなく、力の抜けた、でも逞しい根っこのような詩だと思った。ライブを再びやるきっかけは、シゲさんの少年の叫びというイベントだった。当日、新曲として、はるにれ、をやった。
またそれから時間は流れて、シゲさんが、はるにれ、のピアノを弾いてみたい、と言ってくれた。何か一緒にやってみたい、そんな感じのノリだったような気がする。でも、曲は、はるにれ、だった。僕はなんだかそれがとっても嬉しかった。二人でスタジオに何度か入った。
録音はヨッシーの自宅でヨッシーにやってもらった。歌録りは近隣の迷惑にならぬよう、午前中にやった。歌が取れた後にシゲさんのピアノを録った。合わせたラフを深夜に聞いた。東京の夜景に深く深く音が染みて行くのを感じた。

ヨッシーはJulyの別のアプローチのアレンジも手掛けてくれた。それは今の僕にはまだ出来ないようなテクニックを駆使したもので、一緒に立ち合っていろいろ考えるのが楽しかった。
コーラスに女性の声を入れたい、となり、僕の奥さんである、佐々木桃にも参加してもらった。

ずっと頭にこびりついて離れなかった思い出、心で何度叫んでも届かなかった詩、うまく言い表せれなかった事の全てが、すっと荷を下ろしてくれたような気持ち。とっても良い作品になるよう友達が頑張ってくれて、そして、素敵な作品になった事、本当に嬉しい。ありがとう。

沢山聞いて下さい。

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2020.5.1

July / はるにれ

1.July(remixed by 秋村充)
2.July(Naohiro Yoshida Re-Arrange)
3.はるにれ(piano 内藤重人)

各種配信ストアにてリリース開始。
https://linkco.re/sy5Aub7q

佐々木泰雅
フロムTokyo