2019年11月25日月曜日

太陽の下で


11.23
THEビンボーダンスというBANDのBASSとして、生まれて初めてのコンテストライブに出演した。
場所は下北沢ろくでもない夜。
バンドメンバーは、元新宿JAMの店長の石塚明彦、ThreeQuestionsの内藤重人、toitoitoiのきしかわまき、JET THUNDERSのしっぱいまん。
一年に一度開催される世田谷区の音楽コンテスト、世田谷バンドバトルに出演し優勝する為に、石塚さんを中心に結成したバンドである。
去年は音源審査で落選したが、今年は見事通過し、ライブハウス審査に進めたのだ。
ライブハウスに進めたら、もうこっちのもんだと、意気揚々とライブに臨んだ。
一番目だったらいいね、なんて話してたら、なんとクジで一番手。予定通りでセッティングをし、すぐに本番。
貧乏賛歌という最初に作った曲1曲で勝負。
一瞬でステージは終わった。他の出演者達のライブを、モニターで見たり、生音で聴いたり。
全出演者のライブが終わり、審査も終わった。
1位になればシード権ですぐに決勝である。
3位と2位はライブハウスの二次予選に進む事になる。

3位と2位が発表されて、いよいよ1位の発表。。

「1位はTHEビンボーダンス!!」

まじか。なんと1位通過。
来年の2月16日に世田谷区民会館での決勝戦進出が決まった。
嬉しい。初のコンテストでこんな気持ちになれるとは。
石塚さんが子供のように喜ぶ。そうか、これに出たくて組んだんだもんな。

石塚さんは仕事だったので一足先にバイバイして4人で下北の民亭へ。
初めてだったけど良かった。

しっぱいまんとバイバイして、しげさんとまきさんが僕の新居へ。
シガーロスの6時間くらいある国道の映像作品を見る、とても良かった。





メンバーから拝借した写真を載せます。

2020.2.16の世田谷区民会館、是非お待ちしてます。


佐々木泰雅
フロムTokyo


2019年11月23日土曜日

詩の時代



2019.11.22

雨の中、少し俯きがちに、若干猫背気味に、公園を抜けて行く。傘は嫌いだから全然濡れて良いんだけど風邪を引くのはもっと嫌いなので仕方がない。東横線の都立大学駅で降りて7分の会場にライブを観に行った。東横線とは「東京」と「横浜」を繋ぐ路線。例えば埼京線だったら「埼玉」と「東京」とか。京成線だったら「東京」と「成田」とか。路線名には繋がってる元と先が含まれてる事を東京に住んでからある日ふと気付いた。

そうだ、ある日ふと気付くのだ。「繋がり」の事に。誰よりも早く気付く事もあれば、誰よりも遅く気付く事もある。誰よりも早く気付くというのは、誰も知らない価値観を発見する事でもあり、新曲に似ている。そして誰よりも遅く気付くなら、その事を誰よりも重大に深く捉えたい。ひらがなや漢字の成り立ちのように、街の名前に氵を付けて昔の人が未来に何か伝えたいように、父さんと母さんが僕に名前をつけてくれたように。今、此処で、私が生きている事に、そして何かと繋がっている事に、意味があるようでないようで、やっぱり圧倒的に完全にあると、僕は今此処で思ってる。自分の歴史から派生した表現を音楽にする、そんな事をNUMBER GIRLのラストライブで向井秀徳が話してるが、分かる。バックグラウンドミュージック、というアルバムでメジャーデビューしたあいつのバンド、そのボーカルが、泰雅さんこのアルバムタイトル僕めっちゃ良いタイトルだと思ってるんです、と自慢げに話してくれたのを、ある日ふと思い出した。あれはきっと「誰よりも遅く気付いた」んじゃないかと思う「ふと」だった。僕はその事を誰よりも重大に捉え、沢山の「シーン」を思い出してしまった。

「シーン」
ある日のワンシーン、のように流れて行く景色としての「シーン」と、もう一つ、僕が重大に捉えたい「シーン」は「表現の背景にある時代」である。それは表現の存在理由でもあり、表現の意味でもある。それが感じ取れない表現に心を揺さぶられた事は、僕は今まで一度足りとも無い。「切実」な訴えでしか世界は変わらないのだ。

昨夜は「東横線」に乗り都立大学前で降りて、傘をさして俯きがちに、猫背気味に公園を抜けて観に行ったライブ。繋がろうとする意志、バックグラウンドのある姿勢、そして切実な声、そこにはその瞬間「シーン」があった。

そして、それを当たり前のように、あくまでナチュラルに実行する先輩達の背中に、僕は「表現の背景にある時代」に居れてる事を感じるのです。

2019年11月19日火曜日

パンクロックはジャンルじゃない


書きたい事が沢山あるような気がする。
しかし、書ける事はほとんど無いような気がする。
初めて東京にライブに来たのが2011年の2月。
もうあれからどれくらいの時間と人が流れたんだろうか。
まだまだ僕はあの日の、その先に、今日も居たんだろう。
居たかったんだろう。
下北沢の街は、あの日本当に眩しかった。
憧れが、さらに憧れを呼んで、下北沢にまた来たい、何度でも来たい、と思わされた。
あの不思議な気持ちは忘れないだろう。
その日の下北沢屋根裏の楽屋には、カルトフラワーズというバンドのPASが貼ってあった。


その日の少し前に、地元北海道札幌のサウンドクルーというライブハウスで、JET THUNDERS企画のアクメナイトというイベントで、カルトフラワーズとキンゴンズと共演した。後にも先にも忘れられない夜だった。僕らはベースレスの三人編成で、JET THUNDERSの夜はまだ始まったばかりをカバーした。そしたらJET THUNDERSのライブ中にしっぱいまんが僕をステージに上げてくれて、ギターを弾かせてくれた。ジョニーさんとなおやんと一瞬バンドをやれたのが超最高だったし、僕はアクメナイトに出るのが夢だったから、そんな状況夢のまた夢だった。
カルトフラワーズのボーカルのあっちゃんは、元ライラックというバンドのボーカルだと言う事は聞いていて知っていた。
札幌の深夜番組でライブ映像が流れていたのを覚えてる。ホームシックスが狸小路でインタビュー受けてる映像も流れてたよ。
ライラックの噂は伝説的に語り継がれてた。
カルトフラワーズのボーカルとして僕の目の前に現れたあっちゃんは、僕らのライブをこう表現した。
「ガガガSPより全然かっこいいよ」って。
僕は信じられないような気持ちになったし、何度も考えてその言葉の本質を見ようと試みた。
そして結果、その言葉の存在感が今でも忘れられない屋根裏の記憶になってる。
楽屋で見つけたカルトフラワーズのPASのすぐ側に僕らは自分たちのPASを貼った。
オレたちも今ここにいるんだ、と、時空を超えて魂を交差させたんだと、そんな風に思った。

あの日の僕は、今でもそこにいる。
壁のPASは無いけど、記憶にべったり張り付いてる。振り向かず、あの日のその先の道をただ見つめて、背中で感じながら、思い出を後世に届ける、それが詩、のような気がする。
僕の僕らの歴史をしっかり引き継いで歌う。

2019.11.18
1.マイフレンズアンセム
2.under
3.July
4.Life is music
5.アーケードソング
6.レインマン


屋根裏の夜に出逢った、小島って男と作り上げた二人編成のスタジオライブ映像。その曲を今日は最後にやりました。
オレは元気だよ。お前はどうなんだ。

2019年11月15日金曜日

稲妻の人


2019.11.14

METZとSONIC YOUTHのライブ映像を見る。
感情の高鳴りと音圧がリンクするのがアンサンブルの醍醐味か。
心に突き刺さって震える。
全てを包み隠してしまうような、全てをさらけ出すような轟音の歪み。
稲妻のようなそのサウンドが好きだ。

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再。

"リミックス/2019.11.14”

https://soundcloud.com/da9tr93muwxu/20191114a


オレの詩ってなんだろう
かっこいい人達の
言葉とメロディと思想とその他諸々を
血液に循環させて心臓に届かせて
佐々木泰雅の歴史でリミックスさせる
それをまた心臓から血管に流し込んで
全細胞総動員で祈り願ったら
さぁどうなるかな
試してみよう

満月、
とは程遠く、欠けた三日月が浮かぶ静かな夜だ
帳の影に潜みながらでも確実に青く、
燃えながら坂道をまずは駆け抜けるように走った
歌う事の意味、生きている、死んでいる
この道のゴールのそのまたその先にいる
未来の自分を創造する事を、想像しながら
繰り返してるライムを三半規管でキャッチしてる
オレはオレなりのバランスを探してる
気付いてる、感じてる、はみ出して、正しい道を行こうとしている
降り出した雨に、どうせなら、濡れながら、
行こうぜ、レインマン
ずっとそばで見守っていて欲しいんだよ

スタンドみたくさ、
ずっとそばで見守っていて欲しいんだよ

あの日から随分経った
あんたにもきっと同じような感覚が
あったんだろうが、まずはオレの話です
札幌から上京して、バンドを始めて、
フロムTokyoをかざしてんだから、傘ささないでびしょ濡れ、
になるって決めた日はもう遠く6年前、
今じゃなんとなく綺麗にまとまって気にしてる世間体、
かつて、ゴキブリみたいに這いつくばったその先に何か価値を見出す事を教えてくれた街、
新宿、ライブハウス、通り過ぎてった轟音のような言葉と沈黙と君とあなたとお前を

オレは忘れようとしたんだよ
オレは忘れようとしたんだよ

売れてない自分を憂いて腐りかけて、
熟れて木からリンゴみたく落っこちて、
また揺れて気から回復してスターになる事を、
馬鹿みたいにアホみたいに信じているんだよ
凍り付いた暗闇の坂道を上る、
日々はまだまだまだまだ続いていく
あのスーパーの二階の駐車場へ上る真夜中の、
白波トップウォーターが聞こえるうちはまだオレ死んでないよ

まだまだ書けるでしょ
辞書なんか引かなくても描けるでしょ
本当の言葉ってやつを
まだまだ放てるでしょ
衣装なんか着飾らなくても言えるでしょ
本当の言霊ってやつを

オレの詩ってなんだろう
かっこいい人達の
言葉とメロディと思想とその他諸々を
血液に循環させて心臓に届かせて
佐々木泰雅の歴史でリミックスさせる
それをまた心臓から血管に流し込んで
全細胞総動員で祈り願ったら

オレの詩
my life is straight up life


佐々木泰雅
フロムTokyo

2019年11月8日金曜日

「何も無い」が有る。


2019.11.7

心の動きが単純過ぎて呆れるけど、治す気もさらさら無いし、感じた事は間違いじゃない。
胸を張ってこれからも歌う。こんな自分がいるように、フロアにも色々な人がいて、その誰もに受け入れてもらおうなんて馬鹿だし、興味ない。怒りがある事を僕は誇りに思っている。
つまんねー大人になってんじゃねーよ。
もう自分でいろいろやるしかないんだな。
ようやく心底思ったよ。

共演だった沢田ナオヤさんと話す。
あんまし共演者と話す事もない僕だけどナオヤさんはライブもステージ下でも救いのように笑ってくれる。2015年の年末のフロムTokyoカウントダウンイベントに出演してもらって以来の共演だったかもな。ナオヤさんには少し本音が話せそうで、話が長くなりそうでちょっと堪えた。またやりたいよ、と言ってくれてありがとうございます。

自分の都合の良い所だけ見て、落ち込まない良い塩梅でその場を去る事に、自己嫌悪を感じてばかりだったけど、もうまわりにかまってられないし、昔から占いは良い時しか信じないからやっぱ変わってないんだね。
馬鹿だけど、もう馬鹿でいーよ。

ただ真っ直ぐに自分の生涯の全てで生きるように歌う、これからも。

2019年11月4日月曜日

NASAの発表した事は良くわからなかったけれど。


2019.11.3
昼間くらいにシゲさんから連絡があり、夜に下北で逢う事になった。
古書屋ビビビで待っていると自転車に乗ってシゲさんが来た。
すぐそばの四文屋に行ってゲームの話と音楽の話と但野と元良君の話をした。入り口付近にいた可愛い女の子と呑んでる外人がBiffy Clyroのサイモンニールみたいだった。オレもまた髪伸ばしたり髭生やしたい。
そのままサイゼリヤ行って、Que行って、ぼくんちに行った。新居に友達が来るのは初めてだった。

その後は何となくの流れで近松に行ってみた。するとラブ人間のツネ君がいて、そして康平がいて、シンゴがいた。
いつぶりだかわかんない再会だった。オレはベロベロだったけど、変な事話てはいないだろうか、心配だ。確かラブ人間の曲は今だにめっちゃ聞いてる事を康平に伝えてたら、ソロの新曲を聞かせてくれた。あーだこーだ話してたら、元良君が来た。1年ぶりくらいだろう。嬉しい再会が続いた。誰かとちゃんと話してる気持ちに久しぶりになった。
いつ帰ったかわかんないけど、多分バイバイも言わずに近松を出た。
面白い夜だった。

次回は11.7の渋谷LUSH。
オレは新しい詩で思い出を歌う。
来てください。

佐々木泰雅
フロムTokyo