2015年7月28日火曜日

抱きしめるふりして、抱きしめてもらってた。


7月24日。
去年は最終日の深夜からしか行けなかったフジロックフェスティバル。
今年は初日に行けた。

新宿から埼京線に乗り、赤羽で乗り換えて群馬県高崎へ。そっからJR上越線に乗って越後湯沢へ。シャトルバスに40分くらい乗って苗場スキー場についた。

ゲートから入場して一番デカイGREENSTAGEにつくと、吉川晃司がちょうどBE MY BABYを始めるとこだった。超いかしてた。
その後に泉谷しげるが出てきて、春夏秋冬を歌ってくれた。初っぱなからめっちゃ最高で、その次にTHE VACCINESってバンドが出た。特に2曲目が最高だった。
WHITE STAGEに移動してペトロールズを見た。上手すぎて引いた、、。
少しして、木道亭で井乃頭蓄音団が始まった。
僕にとってのフジロックのベッドライナー(フェスの目玉バンド。)でした。
聞いた事ない曲も何曲かあったけど、全編通して、全曲が必然的に流れてきて、本当に感動した。今まで見た井乃頭蓄音団のライブで一番良かった。

またGREEN STAGEに戻って、ONE OK ROCKを見た。なんか音が凄すぎて引いた。かっこよすぎた。

少しだけmotorheadを見て、ハナレグミを見に行った。最後の曲でクラムボンの原田郁子と、RADWINPSの野田洋次郎が出てきて、みんなで野田洋次郎がハナレグミに提供した歌をやってくれた。良い曲過ぎてその場にいた人、みんな固まってた。
蝋燭きれい!

その後に奥田民生を見て、GREEN STAGEに戻ってFOOFIGHTERSを見た。デイブグロールが骨折しているのか、松葉杖だった。ギターが超爆音。ステージの装飾が他のバンドより豪華だった。


2日目も見たくてたまらなかったけど、なくなく東京に帰った。越後湯沢からの電車が3時間おきくらいにしか動いてなくて、1時間半くらい電車を駅のホームに座って待った。
めちゃくちゃ気持ちの良い風が吹いてた。

気づいた時には埼京線に乗っていて、20駅くらいがあっという間で、

またいつもの新宿についた。

この街に帰りたくない、と思った。



7月15日。

ばぁちゃんが亡くなった。
86才だった。

ばぁちゃんは40歳そこそこの頃に、じぃちゃんを亡くしてる。だから僕は父方のじぃちゃんに逢った事がない。それから40年以上、 ばぁちゃんはじぃちゃんの仏壇に手を合わせ続けてた。

ばぁちゃんはいつも保育園の帰りに北24条まで迎えに来てくれた。一緒にハイヤーで家まで帰った。タクシーじゃなくて、ハイヤーだった。ばぁちゃんの20代の写真を見た事がある。とても綺麗な人だった。

僕は28才。ばぁちゃんとは60才くらい違う。オレが生まれるまでの60年。どんな事があったんだろう。

昨年の10月に札幌帰った以来、全然逢いに行けてなかった。
あん時に東京戻ったら「ばぁちゃん」って詩を録音して、CDウォークマンと一緒に送ろうと思っていた。ごめん結局送れなかった。

母さんからLine来て、それで知って、
涙止まらなすぎて道でうずくまってたら、めっちゃ急に雨降ってきて、なんか泣いちゃダメって言われてるみたいだから、泣くの辞めた。
でも、
札幌に帰る飛行機が飛び立つのに合わせてばれないようにめっちゃ泣いてしまった。
シャワーあびるふりしてばれないようにめっちゃ泣いてしまった。

札幌に着いた夜、ばぁちゃんと同じ部屋で寝た。変な夢を見た。


いろいろと終わった夜に、父さんと弟とカラオケに行った。
僕が歌いたい歌を入れているだけなのに、父さんも弟も大好きな歌だった。やっぱ家族なんだなって思った。
「いっつも部屋でミスチルばっか歌ってたんだからミスチル歌いなよ」って父さんに言われた。でもミスチルは結局歌わなくて、代わりにって訳じゃないけど、森山直太朗の「さくら」を歌った。
「うまくなったな」って父さんが褒めてくれた。
一緒に父さんと玉置浩二の「メロディ」を歌った。完璧なハーモニーだった。
一緒に弟とGOING STEADYの「The Bridge」を歌った。めちゃくちゃ良かった。
嬉しくて呑みすぎて、その後はほとんど覚えてない、、、。



甥っ子の名前が「虎じろう」っていう。
まじかよって感じだ。

弟夫婦にもうすぐ子供が生まれる。
虎じろうの弟。

出産予定日、ばぁちゃんの誕生日と一緒だってよ。
良かったな、ばぁちゃん。

2015年7月15日水曜日

キリスト君。



7.15
こんなに猛烈な暑さの中、風邪を引いてしまった。。。喉がいてー。。

昨夜は三人でスタジオに入って、新曲をバンドで組み立てた。ボロボロな希望に満ちた名曲になるはずの詩。早くみんなに聞いて欲しい。


最終少女ひかさがライジングサンに出演が決まったらしい。
悔しい。非常に悔しい。そうか、そうか、決まったか。
ボーカルの但野は同い年の男だ。初めて逢ってからは3年そこらかな。。
オレがリンラバを解散した時の但野のBLOGに「解散しちゃったら伝説になってしまうじゃないか。。ギャフンと言わせたかったのに。」って書いてた。

初めて見たあいつは、なんか女の子みたいだった。でも、今年の3.31にGARDENで見たあいつは、めっちゃ男の子だった。かっけー男になったなーって思った。

オレももう少しで、長いトンネルから抜け出せそうだから。

そしたら、お互い苦手なお酒で乾杯しようね。

夏な。


やべー暑い。
梅雨が明けたらこれだ。
完全に夏が来た。

青。

網戸にカナブーンがいた。
夏だ。
7.11
ラジオの収録で吉祥寺のスタジオへ
シンデレラボーイズってバンドのドラムをやっている、ハカセの番組。東京ネットラジオ「ハカセラボ」に出させていただいた。一番、みなさんに聞いて欲しい一曲をかけていただいた。フロムTokyoの詩も流れます。ハカセ、マジサンキューでした。
放送は7.16.放送日が過ぎても聴けるってさ。こちらから→http://www.tokyonetradio.com/ch/hakase.html
パーソナリティーのハカセとシンデレラボーイズのボーカル、がんちゃんと。


7.12に下北沢で仮で録音なんかをしていた。
仮にしては、なかなかいいのがとれた。
早くしっかりしたものを作り、たくさんの人に自分の詩を聴いて欲しい。



夜は撮影で新宿東南口へ。
僕が一番「Tokyo」を感じる場所。
たくさんいろんな事があった場所。傷だらけの場所。

この日、僕にとってすごく悲しい事があった。
悔しいけど、元気にまっすぐに歌うしかできない。

あいつの背中をさすりながら、竹迫は、「こいつ全然お酒飲めないのに、今日頑張っちゃったんです。なー。頑張ったもんな。」って言ってた。

8/3、最高のライブしなくちゃ。

2015年7月11日土曜日

この夜だけが。



7.10
もう夜が明けそうだけど、ブログを更新してから寝る。短いけど。
僕は新宿のJAMってライブハウスで今でもアルバイトしてるんだけど、、今夜はTHE君に話すよってバンドの企画があった。一日通してすげー良かった。特に転換中の君に話すよのベースのビート武田の歌は、めっちゃ良かった。あいつあんな風に歌えるんだって初めて知った。
まちぶせも爆裂していた。なんたって曲がいい。
そしてトリのTHE君に話すよは、今まで見た中で一番かっけかった。こいつらと友達になりたいって思った自分がいた。ボーカルの片野が口にする「オナニー」って歌詞に、嘘がなかった。片野はお客さんにはもちろん、共演者やスタッフに、誰よりも深々とお礼をしていた。そういうのってやっぱ当たり前にすげーかっこいいと思う。ホントぼろぼろでびしょびしょでめちゃくちゃだけど、今夜の片野はヒーローに見えた。人生を炸裂させてる奴の歌には誰も敵わないよな。

40分歩いて家まで帰った。
とてもいいモノを見た。


2015年7月10日金曜日

7.10 今日の詩。



山の手線、渋谷方面
発車と同時にクラムボンのあかり
どこかへ向かう少女達
地面に寝転がるオッサン達
ここが最果ての始まり
未来は私達の手の中に

流行りすたりにぶらさがり
綱渡りする誰かの日々に
無関心な誰かの日常が
交差してぶつかる無音が
まるで音楽のように
祭り上げられて微睡み
ロックで淘汰され消える時
未来は私達の手の中に

すぐに新しくなろう
ずっとこのままここにいるなら
誰かを自分を
殺したくなるだろう
頭の悪い奴がついさっきまで
世界の王様だったけど
今この瞬間から
未来は私達の手の中に



渋谷。



久しぶりのビーハプで一人で歌ってきました。
さっきまで降ってなかった雨が急に土砂降りになって、少しそれが嬉しかったりした。
その日はお昼まで全然寝れなくて、なんなら朝ご飯食べてから眠った。それでも最近は以前よりも声が出るようになった気がする。

相変わらず出掛ける時はずっとmr.childrenの新譜を聞いている。どんどん良くなってくる。どんどん良く鳴ってくる。本当にすごいなー。

LUSH、宮崎からベランパレードが来ていて、前に逢ったのは5月のJAMFES、ちゃんと対バンしたのは昨年の10月10日のさきたろーの企画だっけ。やっとちゃんと見れたあびちゃんの歌はとっても瑞々しかった。そしてそれだけじゃなく、バンドとして、ちゃんと「バンド」になっててめっちゃ良かった。見ていてとっても悔しかった。次は必ずバンドで一緒にやってこいつらボコボコにしてやろうって思った。

隣のHOMEでもライブやっていて、往来が自由だった。グルパリ君の歌はいつも最強。トリはヤスエさん、一曲目から東京で僕は本当にワクワクした。もうツーマンやったのも一年前か。少しまた遠くに見えた。

23時くらいにLUSHを出た。
次回は7.16ビーハプ下北沢BasementBarでフロムTokyo。22時~トリです。

渋谷の空からは涙というよりは汗みたいな雨が強く降っていた。
元気になる雨だった。


2015年7月9日木曜日

7.9



夢を見たのさ
絶対に叶わない夢を見たのさ
ピカソにも、ダ・ヴィンチにも
描けないデカイ夢を見たのさ
ホラをふくのさ
絶対にバレないホラをふくのさ
ミックにもディランにも
歌えないデカイ嘘をつくのさ

棺にはチョコレートと
サージェントペッパーのレコードをよろしく

恋をしたのさ
それはそれは甘い恋をしたのさ
キャメロンもハドソンも
羨ましがる程の恋をしたのさ
愛を知ったのさ
それはそれはひどく打ちのめされたのさ
人生とは死に行くとは
全ては「愛に行く」事だと知ったのさ

海岸線を駆けていく
ミッドナイトが焼けていく

いつか
大人になってしまっても
つまらない奴になっても
忘れちゃいけない事は胸の奥に
君が話してくれた事
ずっと忘れないでいるよ
算数ドリルの端の落書き

2015年7月8日水曜日

あなたはハナになって、僕の中に咲いて、


7.7
今夜は七夕か。
本州は一ヶ月早いんだっけ。
僕は誰かも知らない人に自分の願い事が知られるのは嫌だから、短冊は書きたくない。
その代わり自分の願い事を聞いて欲しい人には口頭で伝える。
下北沢GARDENに撃鉄を見に行った。
撃鉄だけを見て帰ろうと決めていた。
最後に行ったライジングサンで、初めてクリスタルパレスだっけな、撃鉄見たの。
ボイガルのシンゴと「あのバンドまじやべーまじやべー!!」って言ってたのを思い出した。
今夜も天野ジョージはマジヤバかった、イカれてた。

20分くらいしかGARDENには居なかったかな。あんまし誰にも逢いたくなかった。集中していた。下北沢駅の南口の前にあるマックで30分くらい考え事をして、その後はミーティングに向かった。頭の中のイメージをまずは具体化する為に、口に出して伝えて、出来る限りイメージ通りになんならそれ以上に実現させなくちゃ。まだ始まってもいない。
ミーティングが終わって俊平と二人でスタジオに入る。ERAバーで少し話してAM2時くらいに解散した。
歩いて幡ヶ谷まで帰った。
ずっと新しく発売になったmr.childrenのアルバム、REFLECTIONを聞いている。忘れ得ぬ人が大好き。
家に着いてすぐに荷物をまとめて近所のスタジオへ。メルマガ用の弾き語りを録音した。
2ヶ月配信出来てなかった、、、登録してくれてる皆さんごめんなさい。
またちゃんと配信するね。


全然ご飯食べてない。

旅に出るなら



旅に出るなら今行くのだ
太陽が昇ってからだと
宿に辿りつくまでに
日が沈んでしまうから

旅に出るなら今行くのだ
誰かに気付かれて
後ろ髪引かれるのが
おちなのがわかるから

旅に出るなら今行くのだ
恋人と手を繋いで
永遠に二人で生きる
夢を見てるうちに

旅に出るなら今行くのだ
橋の下に住む老人が
口にした夢の国を
まだ疑ってないうちに

2015年7月6日月曜日

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自分が絶対間違いないって思った輝きは、何が何でも守らなくちゃいけないし、信じていなくちゃいけないね。99999999人に共感されなくても、それでも信じれるなら、その強さはきっと一億人より勝る。

誰にも左右されずに、何かを信じ続けるのは孤独だけど、一番強い。
誰にも何も言わないで、一人で立ち上がったり、歩き出したり、きっとそれが本当に大事だ。


初めて。東京は人が多すぎるって思った。新宿駅で立ち止まり、改札を流れる人のスピードと、この街のスピードがイコールかどうかは知らないが、やっぱり人が多すぎる。
あの日のあの輝きが絶対に間違いないと思い続ける事に、なんて向いてない街だろう。
でも、だからこそここでそれを失わないでいれたら、それはきっととても強い。

だからフロムTokyoって名前なんだ。

外山んぼ。


大阪では今年も見放題が開催された 。
昨年の2月に千日前TRIBEで福実行委員長のdai-changに初めて逢って、その場で誘ってもらって、昨年はフロムTokyoでの出演が決まった。

当日の会場はミナミのアメリカ村にあるHOKAGEってライブハウスだった。クウチュウ戦ってバンドの後に出た。全然無名だったオレら、セッティング中のフロアはガラガラだった。始まる時には少しずつお客さんも入ってきた。THEラブ人間がライブし終わったSUN HALLの階段で配ったチラシを見て、ライブ見たいと思って来ましたって人がいて嬉しかった。ラブ人間の康平、ケンジ、最終少女ひかさの正和、toitoitoiの二人、見放題の共演者達が見に来てくれたのも嬉しかった。正和はライブし終わった後のオレに、今見たくないくらい良いライブだった、とだけ伝えて、HOKAGEのステージに歩いて行った。その日のひかさのライブは、今見なくちゃ意味の無いスゲーライブだった。

昨年の見放題が終わって少し経ってから、dai-changから電話があった。
10月にあるFM802主催のサーキットフェス「ミナミホイール」と見放題のコラボイベント「見な放題」に、佐々木泰雅として出ないか?との事だった。
僕は、一瞬で「出ます」と伝えて出演が決まった。

そして僕が見な放題に出演した数日後にdai-changは急に亡くなった。

今年の見放題にはフロムTokyoでは出演できなかった。昨年よりもかっこいいステージをdai-changに見せたかったから悔しかった。

でもそもそも昨年のHOKAGEでの歌も、見な放題のFanjtwiceでの歌も、dai-chang見てくれてたのかな。大して感想も言ってくれなかったっけ。東京での見放題も本当は誘いたかったって言ってたなー。元気にしてるのかな。



そういや、
前のバンドをやってた時にベースを弾いてくれていた外山君と、今年の2月ぶりに逢った。
東京で、新宿歌舞伎町で、二人で逢うなんて、きっと15年の付き合いの中で初めてかな。
外山君との付き合いは、中学で同じクラスになったとこから始まった。あまりに太い眉毛だったもんで、初対面から、僕は外山君をいじり倒していた。
いつも5.6人で集まってエロ本読んだりAV見たりカラオケ行ったり胆試し行ったり鬼ごっこしたりプロレスごっこしたり、していた。そして一緒に「リンダリンダラバーソール」ってバンドを組んだ。
「リンダリンダラバーソール」って名前は同名の大槻けんじの小説を外山君が好きで、そこから。
外山君は、ボーナスが入ったから出すよ!と言って、凪のラーメンを奢ってくれた。
30分くらいだけだったけど、グリーン公園や僕が坊主にした事やママチャリの籠にロケット花火ぶっさしてバトルした事や鈴木の事やケンタの事やバレーやって人体断裂した事や松葉杖つきながら告白した事や。

その子にフラれて泣きながら僕んちに来た事や。

その時、イヤホンからはTHE BLUE HEARTSが流れていた事や。

そんな事話ながら、外山君は初めてJAMに来た。入り口までだけど、なんだか僕は変な気がした。けど、確かに外山君は初めてJAMに来たんだ。そこでバイバイした。

雨降りだった。

2015年7月3日金曜日

いつかは消えてしまう事さえ、忘れさせてくれるJuly。


7月

フロムTokyoには「July」って歌がある。スゴくとっても大切な歌だ。出来たのは今年の1月だけど、7月って意味のタイトルをつけた。誰かに思いを馳せたい時、この詩を飛行船の膨らみに代えて、どこまでもその思いを飛ばしていければいいし、この詩にそんな気持ちを持ってもらいたいって、7月になって思った。


7.2
新宿のマーブルで久しぶりにライブをした。
いつぶりだろう。良くライブは見に行っているけど、バンドでやるのは半年以上ぶりだろうか。ピンクシガレットのボーカルのメアリーとはいつも話さなくてもいいどうでもいい話しばっかする。今日はそんな事すればするほど、話さなくちゃいけないどうでもよくない話しばっかしたくなった。本当はあいつにはこんな感じでこんな感じの話をしたいんだけど、なんとなくまぁ別にいっか。ってなる。なんかそれはそれで、それでいいんだと思う。
あいつは頑張っているなって、実はいっつも思っている。すごく直向きだと思う。ピンクシガレットの歌はまだ正直良く知らないんだけど、メアリーの事はわかる。あいつは頑張っている。なんかめっちゃ、


0時まわってから、新宿二丁目へ。
絵描きのサリーさんの誕生日を祝いに顔だけ出した。マヤーンズのりょうたの歌がとっても良かった。彼は同い年で、でもあんまり話したりはしないけど、歌を聞くと別に対して話さなくてもいいかな、そんな風に思った。でもやっぱりちゃんと話したい、って今は思っている。


次は7.9。渋谷LUSHで佐々木泰雅ソロ。

その前に今日。