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8.26"生きる事の意味なんて誰も聞いちゃいないぜ。"

    この気持ちをなるべく早めにここに残しておく。 今日のライブで6月から続いた毎月末のリンラバのライブが一旦一区切りした。 8月末の夜は、汗が滝のように溢れて、目眩がしそうなくらい輝いていた、ように思う。 新しい曲を書くのなんて当たり前過ぎて、偉そうに新曲です、なんて言う必要無いんだけど、頑張って歌詞を書いたから、少しくらいいいだろう、と思ったりしながら本編最後の曲を歌っていた。 声は枯れるし、髪の毛はびしょびしょで、Tシャツはへばりついて、もうちょっとクールにカッコ付けて熱くならずにやれないもんかと、今まで何度も思ったわ。僕は熱い人が苦手だけど、どう考えても、いつも熱くなって歌ってしまう。 きっと、真っ直ぐなんて綺麗なもんじゃないし、何だかうまく言えない居心地の悪い気持ちが、時折目の前を横切るけど、それにさえ素直になって、もっと自由に、でも優しい詩が歌えたらいいのに。 ただ、ライブをやるだけで、全てが満たされるような、そんな時間が出来る限り、ライブ中に長く感じられたらいいな、とライブしながら思っていた。 もっと上手く歌えたら、もっと上手くギターが弾けたら、もっと上手くリズムが取れたら、もっと自由になれるのかな。 分からんけど、でも僕は、これから先、全く別人になるくらいに変わっていかないと、変わらずにいれないんじゃないかな。 それは、今夜のライブが今までで一番良かったと、4人が思えたからだ。 あと、少しだけ、また東京で1人で歌いたいなと思ったりもした。久しぶりだ。 元気になっているのかもしれない。 いや、、ずっと元気なはずなんだけど。 とにかく、もっともっと新しい曲を書いて、どんどん良くなっていきたい。 今日の新曲の歌詞を載せて終わる。 8.26、札幌LOG、リンダリンダラバーソール ありがとう。 "未来"  地球で遊んでた頃の記憶 子供のふりした私利私欲 止まった時計の針を指で回してた ずっと先の過去からずっと この国道を南へ向かう 僕たちはそれがなんなのか 分かっているはずなのに 素直になれずに子供のふりをしていたんだ "誰かの為に自分らしくいる事" それは正しいから 「そのままでいてね」って、 世界は言う でも自由だよ、未来。 命かけてく 生きてるうちに 間違えた事 間違いじゃない 信じるモノが無いなら神を恐れ...

8.25"道玄坂を上りきる。クソみたいな温かい風。"

  札幌方面のJRに乗っている。 "よしむらひらく" というミュージシャンの歌を今まで本当に沢山聞いてきた。 10年以上前に札幌のサンクルで共演して、CDを買ってから今もずっとだ。 この人の魅力を的を得た言葉で表現してみたいが、安っぽくなりそうで難しい。 ただ間違いなく言える事としては、僕はいつかこの人みたいな歌を歌えるようなボーカルになりたい、なんていう憧れがある。 デカい音で鳴っていても器の小さな歌もあるし、小さく囁くように歌ったって何万人の心に響く事だってある、なんて感じの事は、よく素敵な音楽を批評する時に用いられるけど、よしむらひらく、の歌には、それよりもずっと深い闇を感じる。 それは、東京の闇、だ。 渋谷のスクランブル交差点で、行き交う人達の真ん中で、声に出来ない歌を歌いながら、別に存在証明とかじゃなく、でも悲壮感は漂わず、ほんの少し虚しさを風に預けてる、ような、すごく"優しい闇"だ。 東京に10年住んで、僕はこの"優しい闇"に思い当たる節が増えた。 札幌で出逢った歌だけど、今の僕に一番リンクしているんだと思う。 それは、諦めにも似ているし、自然なことでもあると思う。 これから僕が歌おうが歌わなかろうが、あまり世界は変わらないような、そんな気分にも似ている。 それでも歌いたい気持ちや、音楽を愛しく思う気持ち、歌う事で巡り逢いたい人がいる気持ちや、僕の詩を待っている人がこの世界のどこかにまだ居てくれるような気持ちや、新しい曲を書きたい気持ちは、一体どこから来るんだろう。 もうこの瞬間から2度と歌わない、って思っても、絶対また歌ってしまう気持ちはどこから来て、そしてどこに行くのだろう。 これは歌う事が好き、とか、音楽が好き、とか、そーいった事とはまた違う力が僕を動かしているような気がするんだ。 そして、よしむらひらく、の歌を聞くたび、それらの全てを"希望"として捉えられる力を貰える。 明日も、そして明後日も、 何度だって歌ってみればいいんだよ。 佐々木泰雅

今ここにいる、ユリイカ。

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 新しい詩を書けると安心するが、 また次の詩を書きたくなる。 その時の気持ちが、生きている、って感じがしていつも好きだ。 歌詞が後一歩で完成するって時は、数時間一気に集中して心の中に潜るようにしている。 これは必ず書き切れるなって時と、今はどれだけ時間かけても無理だ、ってのはだいたいこんだけ曲書いてきたので分かるようになった。 今回は必ずいける、って分かってたので集中する時間も楽しく歌詞を書けた。 今まで書いてきたようで、書けなかった言葉を書けたので今年一番嬉しい曲が出来た。 何か少しずつだけど、年を重ねている自分に詩が追いついてきたんだと思う。 いつも等身大で歌いたい。 かっこつけたり、背伸びしなきゃいけない時は、決まって自分が良くない時だ。 普通にそのままのありのままの自分で歌える詩をこれからも書いていきたい。 2023回目の夏もあと少し。 頑張ろう。 佐々木泰雅

7.30"でも自由だよ、未来。"

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  7.27 23時から前日リハにリンラバ4人で入る。 久しぶりに車でスタジオマグナムに向かう。 このスタジオに入るのもいつぶりだろう。。 余裕持って着いたけど既にゆっちがいた。 仕事で疲れた顔をしていたけど、元気そうだった。 あまり声は出さずに、曲の繋ぎとかを確認して少し早めに切り上げる。 スタジオから車で1人で帰るのも久しぶりの感覚だった。 7.28 朝10時くらいに起きると、実家の2階の別の部屋で甥っ子2人が扇風機の風を浴びながら寝ていた。 札幌は想像した以上に暑くて湿気もなかなかのものだった。 2人が寝てる風景は、夏休みの爽やかな風で風鈴が揺れてるような一枚の絵みたいで素敵だった。 スタジオ同様に久しぶりに車でライブに向かう。 狸小路よりさらに36号線側の駐車場に停めてmoleへ向かう。 リンラバ4人揃ってのmoleのステージは12年ぶりだ。 受付には未完成の4人がいて、澤田さんに少しいじられながら楽屋へ向かう。 少ししてシュリスペイロフの宮本さんが来たので初めて声をかける。 僕はシュリスペイロフがタワレコからサンプル音源みたいなやつを出した頃から、ほぼ全ての音源を聞いてきたファンなので少し緊張した。 リハーサルはリラックスしていたと思う。 確認したい事をさらっとやって早めに切り上げた。 澤田さんと少し話す。 澤田さんはいつにも増して饒舌だった気がした。エネルギッシュで僕もテンションが上がった。 オープン後、 一度moleから出て少し狸小路を歩いた。 また風景が微妙に変わっていて、あの頃感じていた札幌への気持ちも、また少しずつ違うモノになっていた。この微妙な変化に絶妙に対応出来る感性でいたいと思った。 最近良く聞いているエルトンジョンとw.o.dを聞きながらmoleへ戻る。 僕らの出番が近づいた頃に、撮影をしてくれるケンタとサトシが来た。2人は積極的にバックステージから本番、オフショットまで撮ってくれた。ケンタもサトシもずっと音楽やバンドが絡み合って、友達で居続けられていて、幸せだし、2人がリンラバのライブに居てくれると安心する。 未完成VS新世界のレコ発ツアーに呼ばれるというのは、僕の人生においてとても大きな事だ。 リンラバとして呼んでもらったのはこれが初めてだし、嬉しかった。 そんな喜びの気持ちで一曲目のメロディラインを歌い出せて、ドラムインして...

7.27"思い出になってしまっても、思い出せるならまだやれる"

  21才くらいの頃に勤めていた会社のボーナスで 僕はリッケンバッカーというギターを買った 360ジェットグローというモデルで濃いブルーの色をしたギターだ。 玉光堂ラフィラ店でそのギターを見つけてすぐに一目惚れした。 そもそもリッケンバッカーをいいなと思ったきっかけは、何を隠そう峯田和伸が使っていたからだ。ゴイステのDVD、君と僕とBEEのBEET戦争に収録されていた銀河鉄道の夜のイントロのギターの音を聞いて、リッケンバッカーが欲しいと思った。 手に入れたモノの、リッケンバッカーは気難しかった。仕様も独特、音も一筋縄ではいかなかった。だけど、僕の分身であり宝物みたいな奴だった。 2011年の6月11日に、THEラブ人間と未完成VS新世界が東京から来るイベントにリンラバが誘われた。だが、メンバーのスケジュールがつかず僕1人で出演する事になった。そして未完成VS新世界も澤田さんの指のケガで出演がキャンセルになった。ベースの安田さんはラブ人間と一緒に来ていて、ドラムのケンジはヒデちゃんから預かったラヂカセのCDを東京から持って来てくれた。その年の11月に、再度、ラブ人間と未完成が札幌に来るってなって、リンラバで出る事が出来た。その日で一度、ゆっちと外山君が抜けて、僕はリッケンバッカーを破壊した。 もう2度と4人で演奏する事は無いと思ったからだ。 それから、ギターだったケイがキーボードになり、僕はエレアコを弾き2人編成でリンラバを続けた。 そして翌年の12月に解散した。 それから半年経って僕は東京に来て、色んな事があったけど、あれから10年以上が経った。 解散ライブの時、4人で3曲くらい演奏した記憶が、僕は本当に楽しくて、もう2度と無いと思っていたけど、こんな日もあるんだなぁと最後の最後に感じていた。 20才くらいの頃に札幌moleがまだbridgeという名前だった頃に、外山君と一緒に未完成VS新世界を初めて見た。その少し前に僕は携帯の音源で、聞いていて、とても好きになり、ライブを見たくなったのだ。その日は、シュリスペイロフ、サジカゲン、サカナクションも出ていて、本当にすごい日だった。 それから僕は幾度となく未完成のライブに通った。 澤田さんが書く歌詞にどれだけ影響を受けたか分からんくらい、影響うけた。 ここ数年はちょこちょこ下北沢で一緒にコーヒーを飲んだり、たわい...

7.4"あの直線的な透明感を求めて。"

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  書かずに三ヶ月以上も経ってしまった 今年の3月下旬、 内藤重人with???でのグレフルでのライブ以降の話になる。 あれから少しだけ経って、シゲさんと一緒に作った"Re:tters"が配信された。 シゲさんのトラックに僕がメロディと詩を書いた。一度書いたものを全部消して、また一から書き直したんだけど、シゲさんが喜んでくれていたのが一番嬉しかったし、頑張って書いた甲斐があった。沢山の人にこの曲が届け!!って感じとはまた違うんだけど、この瞬間にしか書けない温度が詰まってますので気が向いたら触れて欲しいです。 https://open.spotify.com/album/1eaJrBFGdIQGkcoDN8zQHv?si=6v5CUSXQRP2-DqcFvUY3tg 季節も移り変わって、春になっていた。 しばらく書いてなかったから少しずつ思い出しながら書いていく。 4月に入ると、7日と10日に両日ともに下北でライブがあった。佐々木泰雅ソロってやつ。7日はロクヨルのいずみさん、10日はDY CUBEのみえださんに呼んでもらった。どちらのライブも、とても良い詩が歌えた自信があった。だけど、それから佐々木泰雅ソロのライブは今日までやっていない。またいつか出来る日が来るだろうか。それは明日かもしれないし、10年後かもしれない。うまく説明出来ない心の重々しさが晴れた暁にはやりたい。 5月に入り、ゴールデンウィークのほとんどを札幌で過ごしていた。2日から7日まで。 リンラバの練習がメインではあったが、中高の友達とゆっちの家でバーベキューして、夜に海を見に行ったのがハイライトだろう。海はとっても寒かったけど、軽やかな風が吹いて心が弾んでいた。こんな気持ちでバンドや音楽を死ぬまでやっていたい。 5月の下旬になり、シゲさんのPaleというアルバムのツアーファイナルにfeaturingゲストとして佐々木泰雅で出させてもらった。 素直に大切な日に呼んでもらえるのが嬉しかったし、佐々木泰雅としてやれる事を精一杯やろうと思った。ちょうど一年前の3月に、同じくラママで、シゲさんのAUMADOKIのツアーファイナルにベースとギターで参加してから一年と少し経っていた。 あの日は、咳止めを1日に飲んで良い限界まで飲み、喘息の薬も使ってステージに立っていた。 なんて事を当日思い出さな...

3.25"光と闇の物語"

   『光』と『闇』の物語 僕が大好きなファイナルファンタジー4のキャッチコピーである 物語の主人公、セシルが試練の山にて暗黒騎士から聖騎士パラディンになり、仲間たちと壮大な旅をするのがメインストーリーだが、僕は何故か初見プレイの時から、セシルの親友として物語の冒頭から登場する竜騎士カインが好きだった。 その頃はまだそんなに不思議に思っていなかったが、タイトルロゴも主人公のセシルではなくカインだ。 僕はこのタイトルロゴのデザインも好きだった。 何より色が濃い青というのが良かった。 カインは冒頭からセシルの親友として一緒に旅をするが、ゴルベーザというこの物語の悪役に洗脳され、仲間たちを二度も裏切る。そして最終的にはカインは正気に戻り、みんなで最後の敵を倒す。 ちなみにゴルベーザも実は最後の敵に洗脳されていただけで、正体は主人公セシルの兄、最後は一緒になって戦ってくれる。 ちなみに、移植版リメイクのタイトルロゴには、ゴルベーザが描かれている。 カインはFF4のエンディングで、セシルが暗黒騎士から聖騎士パラディンになった試練の山の頂にいる。竜騎士の兜を外して、金色の髪を風にたなびかせながら、自分の弱さと向き合おうとしていた。 僕はこのシーンが好きだ。 あまり何も考えずにブログを書き始めてしまっているが、今日書きたいのは冒頭で書いた"光と闇"、そして"東京"、あと"音楽と詩"の3点の角度から書いてみようと思う。 長くなりそうだが、僕は長く文章を書くのが好きなので話を続ける。 最近は、リンラバのメンバーと良く連絡を取り合っている。 2月にライブが久しぶりにあったのを境に、バンドに推進力を持たせる為に小さい事から色々やってみようとみんなで頑張っている。本当に少しずつだが、バンドは進んでいる。みんなは札幌に住んでいて、僕は"東京"にいる。 その中でもやれる事を探して、その中で自分がやりたい事とやらなければいけない事を見つけている。 リンラバとはなんなのかをあの頃よりも深く沢山考えている。 中学と高校からの付き合いの友達はもうリンラバの3人くらいと後少しくらいのもんである。 リンラバの事を考える事は、イコール、"東京"の事を考える事になる。 2012年の12月14日にリンラバは一...