3.25"光と闇の物語"

 

『光』と『闇』の物語

僕が大好きなファイナルファンタジー4のキャッチコピーである
物語の主人公、セシルが試練の山にて暗黒騎士から聖騎士パラディンになり、仲間たちと壮大な旅をするのがメインストーリーだが、僕は何故か初見プレイの時から、セシルの親友として物語の冒頭から登場する竜騎士カインが好きだった。
その頃はまだそんなに不思議に思っていなかったが、タイトルロゴも主人公のセシルではなくカインだ。
僕はこのタイトルロゴのデザインも好きだった。
何より色が濃い青というのが良かった。
カインは冒頭からセシルの親友として一緒に旅をするが、ゴルベーザというこの物語の悪役に洗脳され、仲間たちを二度も裏切る。そして最終的にはカインは正気に戻り、みんなで最後の敵を倒す。
ちなみにゴルベーザも実は最後の敵に洗脳されていただけで、正体は主人公セシルの兄、最後は一緒になって戦ってくれる。
ちなみに、移植版リメイクのタイトルロゴには、ゴルベーザが描かれている。

カインはFF4のエンディングで、セシルが暗黒騎士から聖騎士パラディンになった試練の山の頂にいる。竜騎士の兜を外して、金色の髪を風にたなびかせながら、自分の弱さと向き合おうとしていた。
僕はこのシーンが好きだ。


あまり何も考えずにブログを書き始めてしまっているが、今日書きたいのは冒頭で書いた"光と闇"、そして"東京"、あと"音楽と詩"の3点の角度から書いてみようと思う。
長くなりそうだが、僕は長く文章を書くのが好きなので話を続ける。


最近は、リンラバのメンバーと良く連絡を取り合っている。
2月にライブが久しぶりにあったのを境に、バンドに推進力を持たせる為に小さい事から色々やってみようとみんなで頑張っている。本当に少しずつだが、バンドは進んでいる。みんなは札幌に住んでいて、僕は"東京"にいる。
その中でもやれる事を探して、その中で自分がやりたい事とやらなければいけない事を見つけている。
リンラバとはなんなのかをあの頃よりも深く沢山考えている。
中学と高校からの付き合いの友達はもうリンラバの3人くらいと後少しくらいのもんである。
リンラバの事を考える事は、イコール、"東京"の事を考える事になる。
2012年の12月14日にリンラバは一度解散し、
僕は東京に行く事を決意した。2013年の5月1日に東京に1人で引っ越してきて、気づけばあれから10年が経とうとしている。
26才の自分と、36才の自分は、その瞬間の日々をどんな風に感じて生きて来たんだだろう。
まるで昨日の事のように感じるんだ。
サウンドクルーでの4人のライブも、新宿の地下での日々も。10年のうち経った3.4年程の時間がまるで永遠の夏のように思い出す。
昨年まで働いていた職場の夜勤中、ビルの14階からは新宿駅西口のロータリーが見下ろせる。
点々と見える乗車客待ちのタクシーのハザードと、たまに人が歩いているのが見える。高層ビルは殆どが灯りを消して、航空障害灯と思われる赤いランプだけが点滅している。このビルの向こうの歌舞伎町の少し先にあったあのライブハウスの事をそこで何度も思った。
穏やかに流れる日々の中で、越えられてない夜達が無数にあった。ゆっくりだけどそれを形にしてあげる事で、今の僕の"東京"というモノの正体が見えてくるのかもしれない。



奥さんが結婚する友人に歌を作りたいと言って来た。僕は"最初に出て来たモノを手直ししないのがコツ"と生意気にそれっぽい事を伝えた。
僕も結婚式で2度歌った事があるが、その度にライブハウスや音楽がよく鳴る環境で鳴らす歌とは全く違う感触を感じていた。
それは、めちゃくちゃ簡単に言うと、歌だと何故こんなにも軽くなってありふれてしまうのだろうか、と言う事だ。
関係性の深さやスキルの話もあるけど、親族や友人の"手紙"は何故あんなに伝わるんだろう、そもそも"手紙"というモノは何故こんなにもグッと来るんだろう。
そして、何故何かを伝える時に歌である必要があるんだろう、手紙ならありふれずに世界でたった一つの言葉として、届いてくれるんじゃないだろうか。
そんな当たり前でずっと前から感覚的には分かりきっていた事にハッとしたのだ。
だから僕は歌ではなく"詩"と言いたいのだ、という事も。


3月の上旬に豪徳寺でソロでのライブがあった。
久しぶりに但野と逢えるのが本当に楽しみだった。
リーフルームのベランダで但野と話す。
本音を話してくれる彼が好きだ。同い年っていいね、そんな友達はリンラバのメンバーとあと少しくらいのもんだから。
但野のライブはその時に話した事を含んでいてグッと来た。余計な事を話さずクールでいたい。
この日のライブをシゲさんとじょーさんが見に来てくれた。そんな事滅多にある事じゃないので嬉しかったし、その後に続く3.16のライブを意識した。

2023年になって少しした頃に僕はシゲさんと幡ヶ谷でお茶をした。
2022年の3月から参加させてもらっていた内藤重人with???、そのバンドでの僕のライブは3月16日を最後にしたいと伝える為だ。シゲさんはその話だとすぐに分かっていたみたいで、本題は共作を作ろうと言う話に移った。具体的にどんな曲にしたい、というような事は特に詰めずにこの件はスタートした。
1月末に一度書いたモノをシゲさんに聞いてもらった。そこからまた全部書き直すのに一ヶ月半かかってしまったが、良い詩が書けた気がした。
3月16日の出番前、シゲさんは、"本当の闇を見せる"と言った。
冒頭で書いたが、つまり闇とは自分自身の事であり、光と闇は二つで一つだ。

シゲさんのバンドでは、途中からリッケンバッカーを使うようにした。音としてバンドに合うなと思ったと同時に、リッケンが弾いて欲しいと求めてるような気がした。
友達の唄という僕の詩の歌詞で"サヨナラの歌、歌った後で、またね、って言えたらな"とあるが、これはシゲさんと初めて話した電話の最後の"またね"である。そして友達の唄を新曲として披露したライブで、僕は一度リッケンを破壊した。それから、真っ二つになったリッケンは、色々な人を経由して、僕の所に音が出る状態で帰ってきた。どの回線がどうなって音が出るようになったのかいまだに謎だが、まだ使える。
しゅんぺいが教えてくれたベリンガーのディストーションとの相性も完璧だね。


そして、
この長いブログの最後に共作の歌詞を掲載して終わる。

手紙の"letter"
共作の"s"
再会の"Re"

これを合わせた造語として
"Re:tters"(レターズ)

ありふれた歌にならずに、世界にたったひとつの"詩"として届く事を願います。


"Re:tters"
内藤重人&佐々木泰雅


なぜ歌である必要がある
手紙ならそれは世界でたったひとつ
なぜ歌である必要がある
僕が僕であれるならそれは世界で

崖から飛び降りるようにステージに立ったあの日
咳止めでごまかした喉の奥で
本当の気持ちが鳴った
体が震えて血液が巡る
"あぁライブしてんだなオレ"
初めてのスタジオはうまくベースが弾けなかったけど、翌日、会社に仕事を辞めたいと言えました
真夜中の14F
歌舞伎町の少し先にあったあのライブハウスの事をいつも考えていた
このままオレは東京で高いビルに見下ろされ、行き交う人の流れの中で身動き取れずに、
社会にかき消されてしまうのかもしれないと思った瞬間、ベリンガーのディストーションを強く踏んだ

ノイズの中で微かに美しい旋律が響く
このフィードバックが消える前に書き記さなきゃいけない事はなんだ
"歌えるようになるまで一緒にやろうよ"
渋谷からの帰り道、確かに、心臓が燃えていた
試練の山の頂、竜騎士は兜を外し、
金色の髪の毛を風にたなびかせて言う

「幾度目かの最後の旅の終着点で、友よ、何度でも出逢い続けてくれ」

なぜ歌である必要がある
手紙ならそれは世界でたったひとつ
なぜ歌である必要がある
僕が僕であれるならそれは世界で


佐々木泰雅
フロムTokyo

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