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7.30"でも自由だよ、未来。"

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  7.27 23時から前日リハにリンラバ4人で入る。 久しぶりに車でスタジオマグナムに向かう。 このスタジオに入るのもいつぶりだろう。。 余裕持って着いたけど既にゆっちがいた。 仕事で疲れた顔をしていたけど、元気そうだった。 あまり声は出さずに、曲の繋ぎとかを確認して少し早めに切り上げる。 スタジオから車で1人で帰るのも久しぶりの感覚だった。 7.28 朝10時くらいに起きると、実家の2階の別の部屋で甥っ子2人が扇風機の風を浴びながら寝ていた。 札幌は想像した以上に暑くて湿気もなかなかのものだった。 2人が寝てる風景は、夏休みの爽やかな風で風鈴が揺れてるような一枚の絵みたいで素敵だった。 スタジオ同様に久しぶりに車でライブに向かう。 狸小路よりさらに36号線側の駐車場に停めてmoleへ向かう。 リンラバ4人揃ってのmoleのステージは12年ぶりだ。 受付には未完成の4人がいて、澤田さんに少しいじられながら楽屋へ向かう。 少ししてシュリスペイロフの宮本さんが来たので初めて声をかける。 僕はシュリスペイロフがタワレコからサンプル音源みたいなやつを出した頃から、ほぼ全ての音源を聞いてきたファンなので少し緊張した。 リハーサルはリラックスしていたと思う。 確認したい事をさらっとやって早めに切り上げた。 澤田さんと少し話す。 澤田さんはいつにも増して饒舌だった気がした。エネルギッシュで僕もテンションが上がった。 オープン後、 一度moleから出て少し狸小路を歩いた。 また風景が微妙に変わっていて、あの頃感じていた札幌への気持ちも、また少しずつ違うモノになっていた。この微妙な変化に絶妙に対応出来る感性でいたいと思った。 最近良く聞いているエルトンジョンとw.o.dを聞きながらmoleへ戻る。 僕らの出番が近づいた頃に、撮影をしてくれるケンタとサトシが来た。2人は積極的にバックステージから本番、オフショットまで撮ってくれた。ケンタもサトシもずっと音楽やバンドが絡み合って、友達で居続けられていて、幸せだし、2人がリンラバのライブに居てくれると安心する。 未完成VS新世界のレコ発ツアーに呼ばれるというのは、僕の人生においてとても大きな事だ。 リンラバとして呼んでもらったのはこれが初めてだし、嬉しかった。 そんな喜びの気持ちで一曲目のメロディラインを歌い出せて、ドラムインして...

7.27"思い出になってしまっても、思い出せるならまだやれる"

  21才くらいの頃に勤めていた会社のボーナスで 僕はリッケンバッカーというギターを買った 360ジェットグローというモデルで濃いブルーの色をしたギターだ。 玉光堂ラフィラ店でそのギターを見つけてすぐに一目惚れした。 そもそもリッケンバッカーをいいなと思ったきっかけは、何を隠そう峯田和伸が使っていたからだ。ゴイステのDVD、君と僕とBEEのBEET戦争に収録されていた銀河鉄道の夜のイントロのギターの音を聞いて、リッケンバッカーが欲しいと思った。 手に入れたモノの、リッケンバッカーは気難しかった。仕様も独特、音も一筋縄ではいかなかった。だけど、僕の分身であり宝物みたいな奴だった。 2011年の6月11日に、THEラブ人間と未完成VS新世界が東京から来るイベントにリンラバが誘われた。だが、メンバーのスケジュールがつかず僕1人で出演する事になった。そして未完成VS新世界も澤田さんの指のケガで出演がキャンセルになった。ベースの安田さんはラブ人間と一緒に来ていて、ドラムのケンジはヒデちゃんから預かったラヂカセのCDを東京から持って来てくれた。その年の11月に、再度、ラブ人間と未完成が札幌に来るってなって、リンラバで出る事が出来た。その日で一度、ゆっちと外山君が抜けて、僕はリッケンバッカーを破壊した。 もう2度と4人で演奏する事は無いと思ったからだ。 それから、ギターだったケイがキーボードになり、僕はエレアコを弾き2人編成でリンラバを続けた。 そして翌年の12月に解散した。 それから半年経って僕は東京に来て、色んな事があったけど、あれから10年以上が経った。 解散ライブの時、4人で3曲くらい演奏した記憶が、僕は本当に楽しくて、もう2度と無いと思っていたけど、こんな日もあるんだなぁと最後の最後に感じていた。 20才くらいの頃に札幌moleがまだbridgeという名前だった頃に、外山君と一緒に未完成VS新世界を初めて見た。その少し前に僕は携帯の音源で、聞いていて、とても好きになり、ライブを見たくなったのだ。その日は、シュリスペイロフ、サジカゲン、サカナクションも出ていて、本当にすごい日だった。 それから僕は幾度となく未完成のライブに通った。 澤田さんが書く歌詞にどれだけ影響を受けたか分からんくらい、影響うけた。 ここ数年はちょこちょこ下北沢で一緒にコーヒーを飲んだり、たわい...

7.4"あの直線的な透明感を求めて。"

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  書かずに三ヶ月以上も経ってしまった 今年の3月下旬、 内藤重人with???でのグレフルでのライブ以降の話になる。 あれから少しだけ経って、シゲさんと一緒に作った"Re:tters"が配信された。 シゲさんのトラックに僕がメロディと詩を書いた。一度書いたものを全部消して、また一から書き直したんだけど、シゲさんが喜んでくれていたのが一番嬉しかったし、頑張って書いた甲斐があった。沢山の人にこの曲が届け!!って感じとはまた違うんだけど、この瞬間にしか書けない温度が詰まってますので気が向いたら触れて欲しいです。 https://open.spotify.com/album/1eaJrBFGdIQGkcoDN8zQHv?si=6v5CUSXQRP2-DqcFvUY3tg 季節も移り変わって、春になっていた。 しばらく書いてなかったから少しずつ思い出しながら書いていく。 4月に入ると、7日と10日に両日ともに下北でライブがあった。佐々木泰雅ソロってやつ。7日はロクヨルのいずみさん、10日はDY CUBEのみえださんに呼んでもらった。どちらのライブも、とても良い詩が歌えた自信があった。だけど、それから佐々木泰雅ソロのライブは今日までやっていない。またいつか出来る日が来るだろうか。それは明日かもしれないし、10年後かもしれない。うまく説明出来ない心の重々しさが晴れた暁にはやりたい。 5月に入り、ゴールデンウィークのほとんどを札幌で過ごしていた。2日から7日まで。 リンラバの練習がメインではあったが、中高の友達とゆっちの家でバーベキューして、夜に海を見に行ったのがハイライトだろう。海はとっても寒かったけど、軽やかな風が吹いて心が弾んでいた。こんな気持ちでバンドや音楽を死ぬまでやっていたい。 5月の下旬になり、シゲさんのPaleというアルバムのツアーファイナルにfeaturingゲストとして佐々木泰雅で出させてもらった。 素直に大切な日に呼んでもらえるのが嬉しかったし、佐々木泰雅としてやれる事を精一杯やろうと思った。ちょうど一年前の3月に、同じくラママで、シゲさんのAUMADOKIのツアーファイナルにベースとギターで参加してから一年と少し経っていた。 あの日は、咳止めを1日に飲んで良い限界まで飲み、喘息の薬も使ってステージに立っていた。 なんて事を当日思い出さな...

3.25"光と闇の物語"

   『光』と『闇』の物語 僕が大好きなファイナルファンタジー4のキャッチコピーである 物語の主人公、セシルが試練の山にて暗黒騎士から聖騎士パラディンになり、仲間たちと壮大な旅をするのがメインストーリーだが、僕は何故か初見プレイの時から、セシルの親友として物語の冒頭から登場する竜騎士カインが好きだった。 その頃はまだそんなに不思議に思っていなかったが、タイトルロゴも主人公のセシルではなくカインだ。 僕はこのタイトルロゴのデザインも好きだった。 何より色が濃い青というのが良かった。 カインは冒頭からセシルの親友として一緒に旅をするが、ゴルベーザというこの物語の悪役に洗脳され、仲間たちを二度も裏切る。そして最終的にはカインは正気に戻り、みんなで最後の敵を倒す。 ちなみにゴルベーザも実は最後の敵に洗脳されていただけで、正体は主人公セシルの兄、最後は一緒になって戦ってくれる。 ちなみに、移植版リメイクのタイトルロゴには、ゴルベーザが描かれている。 カインはFF4のエンディングで、セシルが暗黒騎士から聖騎士パラディンになった試練の山の頂にいる。竜騎士の兜を外して、金色の髪を風にたなびかせながら、自分の弱さと向き合おうとしていた。 僕はこのシーンが好きだ。 あまり何も考えずにブログを書き始めてしまっているが、今日書きたいのは冒頭で書いた"光と闇"、そして"東京"、あと"音楽と詩"の3点の角度から書いてみようと思う。 長くなりそうだが、僕は長く文章を書くのが好きなので話を続ける。 最近は、リンラバのメンバーと良く連絡を取り合っている。 2月にライブが久しぶりにあったのを境に、バンドに推進力を持たせる為に小さい事から色々やってみようとみんなで頑張っている。本当に少しずつだが、バンドは進んでいる。みんなは札幌に住んでいて、僕は"東京"にいる。 その中でもやれる事を探して、その中で自分がやりたい事とやらなければいけない事を見つけている。 リンラバとはなんなのかをあの頃よりも深く沢山考えている。 中学と高校からの付き合いの友達はもうリンラバの3人くらいと後少しくらいのもんである。 リンラバの事を考える事は、イコール、"東京"の事を考える事になる。 2012年の12月14日にリンラバは一...

2.26"わたしたちのうた"

  "リンラバのライブの翌日" 新千歳空港行きのJRの中、 小さい子が泣いているが涙は流れてなさそうな泣き方をしている 近くにいた別の女の子がゴミ箱にちゃんとゴミを捨てていて偉いなと思った 僕はずいぶんと沢山の事を知って、そして大人になった みんな昔子供だってね そんなタイトルを掲げた1日を振り返る "リンラバのライブの前日" 朝から速攻で仕事を終わらし夕方の飛行機に乗り込む 新千歳空港にはドラムのゆっちが迎えに来てくれた 僕の実家のそばにあるラーメン屋に立ち寄る FFの話で盛り上がる "リンラバのライブの当日" 朝9時に起きて窓の外を見ると雪が結構降っていた シゲさん飛行機大丈夫かなと思っていたら、やはり欠航 別の便には乗れたみたいで一安心 ばぁちゃんとじぃちゃんの仏壇に線香をあげる ご飯を食べて昼前くらいにゆっちが迎えに来てくれた ギターの弦が買いたかったので西宮の沢のハードオフに立ち寄る 楽器の種類や中古ゲームの品揃えが良くてずっと居たいくらい楽しかった FF4のスーファミのソフト(箱付き)が売っていて少し心が揺れたが買わずに我慢、、 LOGのそばのセコマに寄って、LOGに行くとすぐにケイが来た 中へ入るとすでにスタンディング用にフラットに準備されていて、ケイ頑張ったなと思った 新しくJC40のギターアンプを購入したとの事で使ってみる 見た目も可愛いし良い音だ 新品のギターアンプで音を鳴らすのはもしかしたら人生初かもなと、ふと思った 少ししたら外山君も来て、音作りをしてリハ開始 少しアレンジ変えたい部分や新曲などを復習 だいぶ時間が余ったのでやりたかった撮影などをしてシゲさんを待つ 17時半過ぎにシゲさんが来た 東京でしょっちゅう逢ってるがLOGで逢うと空気が違う、ライブ楽しみだな オープンしてお客さんが少しずつ集まる 久しぶりにみんなの顔が見れるのが嬉しい シゲさんのライブが始まる グッと緊張感が高まる 素晴らしいライブだった そしてリンラバ とても良いライブが出来ると思った 前日まで気にしていた喉のコンディションも気にならなくなっていた 1、僕に強い感情をください 2、死んだ日々 3、ブルーハーツに憧れて 4、タイトルなし 5、友達の唄 6、神様になりたい 7、セブンティーン  8、ハローエッチな...

2.19"わたしのうた"

  2.19 東京は少し曇り空 昨日は春のような晴れ渡る空で超気持ちよかったのにな また少し寒くなっちまった 何日か前に川沿いの公衆便所の前に桜の木が咲いていた オッサンが写メ撮っていて、さぞ映えるだろうな、なんて思った 桜の木ではないけど、空とモノクロの写真を自分がどこかしらの媒体にあげる場合ちょっと勇気がいる どちらも、誰が撮っても撮られてもそれとなくそれっぽくなるからだ "モノクロ逃げ" という言葉を何年か前に、僕の写真を撮ってくれてたカメラマンが言っていた 僕はそんな概念それまで知らなかったから、 なるほど、、、と共感し、そして、また一つ自分の中にカテゴライズされたものが生まれたなと感じた 2月25日に僕が地元札幌のメンバーと組んでいるリンダリンダラバーソールのライブがある。 場所はLOGで、内藤重人とのツーマン。 僕もシゲさんも東京から行って、札幌でツーマン。 バンドを始めてから、色々な事があった ハイライト的にまとめたいけど、ちょっときついくらい長くなりそうだからやめとく。 ライブの練習などをする為に札幌に帰ったり、ラインなどで外山君、ゆっち、ケイ、と連絡取ったりしていて、すごく最近は近く感じている その中で僕が東京にいる事で、みんなと顔を合わせて話せない分、すれ違ってしまっているなぁと感じることもあり、申し訳なく思ったりしている日々だ。 自分の気持ちを素直にしっかり伝えるのはやはり難しい。 でも逢ったとしても難しいと思うんだけど、きっと受け入れ方に違いが出るんだなーとこの年になってそんな事を真剣に考えたりする。 その中で、離れていても、何か一つになれることはなんだろう、、、と考えていて、それはやっぱりライブをする事なんだ。 昔スピリチュアルラウンジで、ぼくのうた、って曲をメンバーのみんなに向けて歌った時から、あんまり僕は成長出来ていないのかもしれない。 チケ代払ってもらってお客さん来てくれてるのに、ボーカルがメンバーに歌うって何?って話だ。 そんな情けないライブはもう嫌だなと何度も思ったけど、あんまり変われていないのかもしれない。 言葉で伝える事を放棄して、歌に頼ってるだけなのかも、、と何度も思ったけど、やっぱり歌じゃないと伝えられない事があるんだ。 あと5日で4人でライブ出来るのが、僕の人生にとって本当に幸せな事だ。 自分勝手にバ...

2.6"君が住んでいる街の空"

   リンラバのみんなと練習する為に札幌へ。 その夜は金曜なのもあって、小、中、高の友達と逢う約束をしていた。 なんなら小学校前からの幼馴染や初めて一緒にバンド組んだやつとか。 北24条の八起という焼肉屋さんへ。 たぶん十数年ぶりに行ったけど、店主が変わらずひょうきんな人だった。 色々な話をしたが、ブレイキングダウンというワードがみんなもう共通認識の言葉として通じるのが不思議で、朝倉未来って本当に凄いなと再確認した。 みんな変わらず元気でかっこいいし、とにかくずっとこの調子でこのノリでいれたらいいなと思い、オレもまた頑張ろうと強く思えた。 帰りに、ゆっちの家により、すげーすげー言って実家に帰る。 翌日は朝から父さんが雪かきをしていて、オレも雪かきを数年ぶりにやった。気付いたら1時間以上夢中になってやっていた。 18時ごろに父さんと一緒に近くのバス停からバスに乗り、手稲駅からJRで札駅へ。 弟がオーナーをやっているお店に行った。 沢山人がいて賑わっていた。 初めて父さんと二人で飲む。 色々な話を沢山する。 なかでも、イノマーさんの話を父さんがオレにしてくれたのにはびっくりした。 帰りは弟の奥さんが家まで送ってくれた。父さんはそのまま二次会に行って弟と合流していたみたいだ。 3.4年前に奥さんとカラオケ行った時に、メチャクチャ歌がうまくて、夢はソロアルバムを出す事、みたいな話してたのを思い出して、もう少し話したかったなぁと思ったりした。車では優里がかかっていた。 次の日は朝8時くらいに起きていつものストレッチとヨーグルトを食べてLOGへ。 リンラバのメンバーがまだ着いてなかったので、近くのセコマ行ったりLOGもどったりうろうろ。。 11時半頃ケイが来て、外山君が来て、ゆっちが来た。 ライブは2021年の3月からやってないから、練習自体もめちゃくちゃ久しぶり。 でもそんなの気にならないくらいグルーヴしっかり出てて、安心した! オレも声がある程度出たのでそれが一番ホッとした。内心、バンドで歌える声量がオレにあるのか不安で怖かったけど、大丈夫みたいだ。 少しみんなと話して実家に帰る。 今朝は朝5時半に起きて色々準備して、JRで新千歳空港へ。そこから中部国際空港へ行き、今は名古屋行きの名鉄線の車内。 名古屋に来るのは10年前くらいにリンラバのツアーでケイと一緒に来た以...