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8.27

  自分は体を動かしていないとダメになるなと思っている 何か、もやっとした時はジョギングに出かけたりする だいたい曲作りの最終段階も外を歩きながら考える ライブも、汗ひとつかいてないと、何もしてないのではないかと思ってしまう 新しい曲のイメージが多分、凄く良くて、必ず形にしたい あと、まだまだライブをやりまくりたい 佐々木泰雅

8.25

  少しずつライブがある日々が戻ってきた まだまだ足りないけども 6月の阿佐ヶ谷でのライブから、本格的に同期に取り組んでみている まだまだ始まったばかりだが、きっともっと良くなるだろう 今年になって新しく聞き始めた音楽も沢山ある その中で、日本人だとヒグチアイが感動した 先日、下北沢でのライブを見に行って来たが、"東京にて"という曲だけが、圧倒的に、僕には届いた 札幌から上京した僕にとっては、東京は自分の街ではないのだ この感覚を忘れてないうちは、まだまだここでやれる事があるはずだ 佐々木泰雅

12.3"死ぬまで歌う事は出来ない"

  2023年は丁寧に生きることを心がけた年だった 喉にしても、体調にしても、いつも今まで以上に気を遣って生きた そうじゃないと、絶対に辿り着けない自分の理想があったし、もう2度とあんな敗北的な気持ちにはなりたくないと強く思っていた 1人で歌う事を止めて、ほとんどバンドでの時間に費やした ライブ本数で言うと僅かだが、365日のほとんどがバンドの事でいっぱいだったと思う それくらい一本一本懸けていた バンドは今はリンラバだけしかやってないので、イコール、リンラバの事ばかり考えていた事になる これについて客観的にも自分を冷静に見ていた だからこそ、しっかり曲も書いて、ちゃんと歌いきって次に進んで行かなければいけない そんな時に体が耐えられなければ話にならない 昨日はリンラバの6年ぶりのワンマン、 15曲のセットリストを駆け抜けられるように最善を尽くした サトシを含めた5人編成の新曲"OverDrive"は僕のソングライティングのまだまだ一部だと思ってもらいたいと(ポジティブな意味で)歌いながら考えていた まだまだ色んな世界を書ける事を伝えていきたいし、見せてない曲達なら沢山あるんだ そして、曲なら死ぬまで書けるかもしれないが、それよりずっと前に詩は歌えなくなるんだろう 詩が歌えなくなっても僕は曲を書き続けるのかは分からないが、今この瞬間を一番若く生き続けられるように、これからまだまだ素晴らしい詩を歌えるように、もっともっとすごいライブが出来るように、また今この瞬間から頑張って鍛え直すつもりだ 佐々木泰雅

11.3"メロディライン配布について"

  12月2日、 札幌LOGにて開催のリンラバワンマンにて "メロディライン"という曲を来場者特典として配布する事になった これについて、書いてみようと思う。 思い返してみれば、この曲が形になりだしたのは前の職場での夜勤中だった。 静まり返った深夜のオフィスで、このメロディに歌詞を付けなければいけない気持ちに少し急かされていた。 デスクの上に置いてあった雑記用のメモ紙に、とりあえずメロディを埋めるように仮で言葉を並べてみた時、なんとなく輪郭がぼやけて見えてきて、きっといつか歌うんだろうと感じた。 メロディ自体はそれよりもずっと前からあって、特にどこかに保存していた訳ではないけど、頭の中にこびりついていた。 それからしばらく仮歌詞を書いたメモ紙を引っ張り出してはまた閉まいこんだりをくりかえしていた。 確か、サビのメロディだけが初めに出来ていて、 "精一杯、君に歌った時の、一度きりの強い感情が全てさ" というフレーズだけは固まっていた気がしている。 これらが、だいたい2年前くらいの話だけど、いまだにあの日の深夜の静まり返ったオフィスを思い出す。 オフィスの窓からは新宿駅西口で乗車待ちをするタクシーのハザードが光っているのが見えた。立ち並ぶ真っ黒いビル群を見ては、歌詞には出来ない寂しさが溢れた。 メロディラインはもともと、佐々木泰雅ソロで歌い出した。 特に誰かに褒められてその気になったような事もなく、ただただ、この曲が必ず素晴らしい曲になる確信だけがあった。 リンラバで新曲として歌ったのは今年の6月24日のライブからだ。 それまでに、何度もデモを録音して聞きまくっていたので、新鮮さはなかったが、大切な曲である感覚はしっかりとあった。 12月のワンマンで何か音源を出したいという事は前々から思っていて、考えた結果、メロディライン、にした。 録音は9月から開始して、離れた街をDTM上でやりとりしながら、つい先日に完成した。 限られた時間の中で、妥協せずに集中してやったので、胸を張って聞かせられるモノになった。 是非手にとってやってください きっと深夜のオフィスで歌詞を書いていた僕は救われるはずです 佐々木泰雅

10.30"5"

   10月が明日で終わる この時期になるともう少し寒かったような気もするけど、東京はまだ昼間は暖かい 書かなければいけない事ってのはすぐ分かる それは別に誰かに求められてる訳ではないけど、これを書き記さないと前には進めないような気持ち。 そんな時にここに書こうかなと思ってはいるものの、ずいぶんとまた時間が経った 今年の12月に迫ったリンラバのワンマンに、サトシが参加してくれる事になった 遡ると14才くらいからの付き合いの彼とは、ここにも何度も書いてきたし、書ききれないような沢山の事があった 初めてバンドを組んだのも彼とだ 当時からずっと変わらない事があって、 それは、僕はサトシに憧れている事だ 昨年の冬くらいに久しぶりにリンラバの4人でただ逢う時間を作った 2021年の夏くらいから一年以上、まともに喉が動かなかったけど、それもだいぶ良くなり、また歩き出せるかもしれないと思ったからだ そして、今年の2月末に2年ぶりくらいのライブをやり、それから6月から3カ月間毎月ライブをやった 新曲も同時に作ったり、離れた街をDTM上でやりとりした 8月のライブが終わる頃には、やはり僕のギターだけではどうしても自分の理想としている音には程遠いなと感じまくっていた そしてそれよりもずっとずっと前から、僕はサトシとまたバンドで一緒に音を鳴らしたいと思っていたんだと思う 高校卒業した後、サトシは東京の大学に行く事が決まっていて、初めて組んだバンドは自然消滅した 今でも BOØWY を聞くとあの時の気持ちが蘇る そしてそのまま自然な流れで僕と外山君とゆっちは3人でバンドを始めた ミスチルの10年ベストを十字路で聞いたり、カラオケでの童貞ソーヤングや、口笛とか、僕の音楽の根底にはサトシとの記憶が山程ある リンラバが5人で演奏するのは初めてだ その事を盛大にする為に新曲も書いた その曲を含めた二曲を5人で演奏する それに向けて僕はボーカルとしてやれるだけの事をやるつもりだ どうゆうつもりでバンドをやってるとか、そんな事はどうでも良くて、気持ちで動けるなら、それに突き動かされて、やるだけだ 少しだけ僕の夢が叶う夜になる。 佐々木泰雅

8.26"生きる事の意味なんて誰も聞いちゃいないぜ。"

    この気持ちをなるべく早めにここに残しておく。 今日のライブで6月から続いた毎月末のリンラバのライブが一旦一区切りした。 8月末の夜は、汗が滝のように溢れて、目眩がしそうなくらい輝いていた、ように思う。 新しい曲を書くのなんて当たり前過ぎて、偉そうに新曲です、なんて言う必要無いんだけど、頑張って歌詞を書いたから、少しくらいいいだろう、と思ったりしながら本編最後の曲を歌っていた。 声は枯れるし、髪の毛はびしょびしょで、Tシャツはへばりついて、もうちょっとクールにカッコ付けて熱くならずにやれないもんかと、今まで何度も思ったわ。僕は熱い人が苦手だけど、どう考えても、いつも熱くなって歌ってしまう。 きっと、真っ直ぐなんて綺麗なもんじゃないし、何だかうまく言えない居心地の悪い気持ちが、時折目の前を横切るけど、それにさえ素直になって、もっと自由に、でも優しい詩が歌えたらいいのに。 ただ、ライブをやるだけで、全てが満たされるような、そんな時間が出来る限り、ライブ中に長く感じられたらいいな、とライブしながら思っていた。 もっと上手く歌えたら、もっと上手くギターが弾けたら、もっと上手くリズムが取れたら、もっと自由になれるのかな。 分からんけど、でも僕は、これから先、全く別人になるくらいに変わっていかないと、変わらずにいれないんじゃないかな。 それは、今夜のライブが今までで一番良かったと、4人が思えたからだ。 あと、少しだけ、また東京で1人で歌いたいなと思ったりもした。久しぶりだ。 元気になっているのかもしれない。 いや、、ずっと元気なはずなんだけど。 とにかく、もっともっと新しい曲を書いて、どんどん良くなっていきたい。 今日の新曲の歌詞を載せて終わる。 8.26、札幌LOG、リンダリンダラバーソール ありがとう。 "未来"  地球で遊んでた頃の記憶 子供のふりした私利私欲 止まった時計の針を指で回してた ずっと先の過去からずっと この国道を南へ向かう 僕たちはそれがなんなのか 分かっているはずなのに 素直になれずに子供のふりをしていたんだ "誰かの為に自分らしくいる事" それは正しいから 「そのままでいてね」って、 世界は言う でも自由だよ、未来。 命かけてく 生きてるうちに 間違えた事 間違いじゃない 信じるモノが無いなら神を恐れ...

8.25"道玄坂を上りきる。クソみたいな温かい風。"

  札幌方面のJRに乗っている。 "よしむらひらく" というミュージシャンの歌を今まで本当に沢山聞いてきた。 10年以上前に札幌のサンクルで共演して、CDを買ってから今もずっとだ。 この人の魅力を的を得た言葉で表現してみたいが、安っぽくなりそうで難しい。 ただ間違いなく言える事としては、僕はいつかこの人みたいな歌を歌えるようなボーカルになりたい、なんていう憧れがある。 デカい音で鳴っていても器の小さな歌もあるし、小さく囁くように歌ったって何万人の心に響く事だってある、なんて感じの事は、よく素敵な音楽を批評する時に用いられるけど、よしむらひらく、の歌には、それよりもずっと深い闇を感じる。 それは、東京の闇、だ。 渋谷のスクランブル交差点で、行き交う人達の真ん中で、声に出来ない歌を歌いながら、別に存在証明とかじゃなく、でも悲壮感は漂わず、ほんの少し虚しさを風に預けてる、ような、すごく"優しい闇"だ。 東京に10年住んで、僕はこの"優しい闇"に思い当たる節が増えた。 札幌で出逢った歌だけど、今の僕に一番リンクしているんだと思う。 それは、諦めにも似ているし、自然なことでもあると思う。 これから僕が歌おうが歌わなかろうが、あまり世界は変わらないような、そんな気分にも似ている。 それでも歌いたい気持ちや、音楽を愛しく思う気持ち、歌う事で巡り逢いたい人がいる気持ちや、僕の詩を待っている人がこの世界のどこかにまだ居てくれるような気持ちや、新しい曲を書きたい気持ちは、一体どこから来るんだろう。 もうこの瞬間から2度と歌わない、って思っても、絶対また歌ってしまう気持ちはどこから来て、そしてどこに行くのだろう。 これは歌う事が好き、とか、音楽が好き、とか、そーいった事とはまた違う力が僕を動かしているような気がするんだ。 そして、よしむらひらく、の歌を聞くたび、それらの全てを"希望"として捉えられる力を貰える。 明日も、そして明後日も、 何度だって歌ってみればいいんだよ。 佐々木泰雅