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優しさも年を取る。

僕には夢がある。 死ぬまで夢を見たい。 願わくば、今見ている夢はいくつか叶えたい。 どんなステージに立とうが、誰と歌おうが、誰がきいてくれようが、自分が思い描いていたその夢の形じゃなければ満足なんて出来ない。 尖ってるふりして誰より弱く、怯えているんだろう。 でも間違った事なら絶対言わない。 やっぱり優しい詩がいい。 なぁ、シンゴ。

君が愛したあの空へ

寒い。 9月から引っ越してきた新しい街の1月が終わろうとしている。 冬で一番寒い2月がやって来る。 何日か前に窓の外を見ると、到底積もりそうにない弱弱しい雪が降っていた。 新宿だった。 何故だか暖かい気持ちになった。 もうすぐ冬で一番寒い2月が来る。 1.30に横浜で歌う。佐々木泰雅(フロムTokyo)として。 アサトと一緒なのは久しぶりだし、シゲさんもなんとなく久しぶりな気がする。 しっぱいまんはこの前一緒に企画したばかりなのに、何故だか久しぶりな気がする。 1.30が過ぎたら、冬で一番寒い2月が来る。 歌う、というのは自由なはずだよね。どこまでも届くように優しく彼方までメロディを言霊を放とう。誰かが「こう思う」から「こうしなきゃ」なんて、それが嫌だから自由になりたくて歌い出したんじゃないか。 ってそんな事ずっと知ってるよ。でも僕はロボットじゃないから、だから生きるのは大変だね。 みんな永遠じゃない。好きな人たちとずっと歌いあえる訳じゃない。考えるととっても怖いね。でも、だから愛しいんだね。 ってそんな事ずっと知ってるよ。 ホントは全部抱きしめて優しく微笑みたいだけで、でも僕はロボットじゃないから、だから鉄みたく冷たい言葉を吐く事があるんだよ。 家族の事を考える。奥さんの事を考える。みんな僕の一部で、僕はそんなみんなの一部で、なんだか世界は残酷で、とてつもなく美しい。 ってそんな事ずっと知ってるよ。 踊ってばかりの国の新譜「私は月には行かないだろう」とTHA BLUE HEARBの「THA BLUE HEARB」を同時に初回限定盤で購入。どちらもまだ全部は聞けてないけど、残酷で美しい世界を歌っているのは分かった。 その少し前に、佐々木泰雅のミニアルバム「わたしも花になって」、フロムTokyo EP「ZERO」。この2タイトルを配信リリースした。唐突だったが、それもいい、自由だもん。ただただ聞いて欲しかった。そしてライブを見てほしいと思ったからリリースした。下記URLから各種配信サイトにいける。聞いてください。 佐々木泰雅”わたしも花になって” https://linkco.re/gv9nF3GD フロムTokyo”ZERO” https://linkco.re/G6neVY6E 佐々木泰雅 フロムT...

違う月を見ている、

ちょっと。 そーゆーのはもういいから素敵な音楽もっと聞こうよ、なんて思ってしまってもいいし、なんて思ってしまわずにいてもいい。 自分のスタンダードをいつも大切に。 ぶれずに探求して行こう。 この世界にはまだまだ面白い事が待ってる。 絶望したり寂しくなったり諦めたり投げ出したり膝を抱えたり、そんな事してしまうほど、まだ僕らは何も知らない。 誰かが話す事なんて、海に捨てに行けばいい。 カッコつけずに、ダサくならずに、フラフラしながらヘラヘラしながら、しっかり真っ直ぐ立てばいい。 枯れた声で、音程外して、ハウッても、天に突き刺さるように歌えるならいい。 怒っても、見下しても、無関心でも、殺しそうになっても、戦争しなければいい。 宝物みたいなCDが二枚。アルバムだってよ。最高かよ。まだ聞いたこと無い曲がほとんどさ。初回限定版だからさらにアガる。これでしばらく飯もいらないよ、本当さ。太るくらいなら死んだ方がマシだ。それより歌わせて下さい。ねぇ音楽の神様。 おはよう、より、こんにちは、より、愛してる、より、歌おう。歌いましょう。さらば。

これからも上手に生きていくつもりかい。

12.7 空は曇天でチラホラ雨が降っている嫌な感じの天気だった。 2011年の11月、札幌から下北沢にあるイベントを一人で見に来た。同い年のコウヘイってやつがボーカルをやってるバンドが主催のイベント。下北沢にて、ってやつ。僕はそこで今でも忘れられない衝撃的なライブをいくつか見た。 それから上京してからも、そのイベントには行けるだけ行こうと決めていた。コウヘイってやつがやってるTHEラブ人間のトリのライブだけでも見たいと行った年も何度かあった。最後のライブが終わったGARDENの外には沢山のバンドマンがフライヤーを配る列が出来てた。僕はそれを全部貰う年もあれば、全部貰わない年もあった。でも、あそこであーやって配りたいと思わせるライブをしたTHEラブ人間の存在のデカさが揺らぐ事は無かった。 今年は12.1から7デイズでイベントが行われてた。初日は石塚さんが呼んだ面々が揃っていて、下北沢が新宿JAMのあのメンツで溢れてた。なんだか居心地が悪いようで良いような形容し難い不思議な気持ちだった。その日のラブ人間のライブがめちゃくちゃ良かった。 12.7のお昼に急いでGARDENへ向かう。砂男という曲だけ聞けた。何年か前にボイガルシンゴとモヨコ森君と四人で新宿駅東南口で路上やった日を思い出した。オレはしばらくあそこでは歌えなくなった。 12.7と8で沢山のバンドのライブを見た。FINLANDSを見に行ったら何故かあいつが歌ってて、FINLANDSの曲をやってた。初めて聞いたFINLANDSの曲がそれで、あいつのライブもそれ以外は見れなかった。変なもんだ。 忘れらんねえよ、と、愛はズボーンがめちゃくちゃに良かった。 毎年大トリのラブ人間のライブを一番楽しみにしていた。今年もとても楽しみで出来る限り前で見た。コウヘイはまだ歌いながら戦っていた。自分に精一杯歌ってた。その姿はそのステージに僕も立たせてくれているようで、とてもグッと来た。新しく発表された砂男IIのMVは素晴らしくてニヤニヤした。 確かな炎が宿った。ラブ人間、コウヘイありがとう。 少し時間を遡る。 11月23日にロクヨルであったTHEビンボーダンスのライブに向けて、みんなで深夜スタジオに入った。ドラムの石塚さんが良くイベントをやってる東新宿LOVE TKOで年明けの1.13にしっぱいまんとツーマンやらないか?という話が出た...

太陽の下で

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11.23 THEビンボーダンスというBANDのBASSとして、生まれて初めてのコンテストライブに出演した。 場所は下北沢ろくでもない夜。 バンドメンバーは、元新宿JAMの店長の石塚明彦、ThreeQuestionsの内藤重人、toitoitoiのきしかわまき、JET THUNDERSのしっぱいまん。 一年に一度開催される世田谷区の音楽コンテスト、世田谷バンドバトルに出演し優勝する為に、石塚さんを中心に結成したバンドである。 去年は音源審査で落選したが、今年は見事通過し、ライブハウス審査に進めたのだ。 ライブハウスに進めたら、もうこっちのもんだと、意気揚々とライブに臨んだ。 一番目だったらいいね、なんて話してたら、なんとクジで一番手。予定通りでセッティングをし、すぐに本番。 貧乏賛歌という最初に作った曲1曲で勝負。 一瞬でステージは終わった。他の出演者達のライブを、モニターで見たり、生音で聴いたり。 全出演者のライブが終わり、審査も終わった。 1位になればシード権ですぐに決勝である。 3位と2位はライブハウスの二次予選に進む事になる。 3位と2位が発表されて、いよいよ1位の発表。。 「1位はTHEビンボーダンス!!」 まじか。なんと1位通過。 来年の2月16日に世田谷区民会館での決勝戦進出が決まった。 嬉しい。初のコンテストでこんな気持ちになれるとは。 石塚さんが子供のように喜ぶ。そうか、これに出たくて組んだんだもんな。 石塚さんは仕事だったので一足先にバイバイして4人で下北の民亭へ。 初めてだったけど良かった。 しっぱいまんとバイバイして、しげさんとまきさんが僕の新居へ。 シガーロスの6時間くらいある国道の映像作品を見る、とても良かった。 メンバーから拝借した写真を載せます。 2020.2.16の世田谷区民会館、是非お待ちしてます。 佐々木泰雅 フロムTokyo

詩の時代

2019.11.22 雨の中、少し俯きがちに、若干猫背気味に、公園を抜けて行く。傘は嫌いだから全然濡れて良いんだけど風邪を引くのはもっと嫌いなので仕方がない。東横線の都立大学駅で降りて7分の会場にライブを観に行った。東横線とは「東京」と「横浜」を繋ぐ路線。例えば埼京線だったら「埼玉」と「東京」とか。京成線だったら「東京」と「成田」とか。路線名には繋がってる元と先が含まれてる事を東京に住んでからある日ふと気付いた。 そうだ、ある日ふと気付くのだ。「繋がり」の事に。誰よりも早く気付く事もあれば、誰よりも遅く気付く事もある。誰よりも早く気付くというのは、誰も知らない価値観を発見する事でもあり、新曲に似ている。そして誰よりも遅く気付くなら、その事を誰よりも重大に深く捉えたい。ひらがなや漢字の成り立ちのように、街の名前に氵を付けて昔の人が未来に何か伝えたいように、父さんと母さんが僕に名前をつけてくれたように。今、此処で、私が生きている事に、そして何かと繋がっている事に、意味があるようでないようで、やっぱり圧倒的に完全にあると、僕は今此処で思ってる。自分の歴史から派生した表現を音楽にする、そんな事をNUMBER GIRLのラストライブで向井秀徳が話してるが、分かる。バックグラウンドミュージック、というアルバムでメジャーデビューしたあいつのバンド、そのボーカルが、泰雅さんこのアルバムタイトル僕めっちゃ良いタイトルだと思ってるんです、と自慢げに話してくれたのを、ある日ふと思い出した。あれはきっと「誰よりも遅く気付いた」んじゃないかと思う「ふと」だった。僕はその事を誰よりも重大に捉え、沢山の「シーン」を思い出してしまった。 「シーン」 ある日のワンシーン、のように流れて行く景色としての「シーン」と、もう一つ、僕が重大に捉えたい「シーン」は「表現の背景にある時代」である。それは表現の存在理由でもあり、表現の意味でもある。それが感じ取れない表現に心を揺さぶられた事は、僕は今まで一度足りとも無い。「切実」な訴えでしか世界は変わらないのだ。 昨夜は「東横線」に乗り都立大学前で降りて、傘をさして俯きがちに、猫背気味に公園を抜けて観に行ったライブ。繋がろうとする意志、バックグラウンドのある姿勢、そして切実な声、そこにはその瞬間「シーン」があった。 ...

パンクロックはジャンルじゃない

書きたい事が沢山あるような気がする。 しかし、書ける事はほとんど無いような気がする。 初めて東京にライブに来たのが2011年の2月。 もうあれからどれくらいの時間と人が流れたんだろうか。 まだまだ僕はあの日の、その先に、今日も居たんだろう。 居たかったんだろう。 下北沢の街は、あの日本当に眩しかった。 憧れが、さらに憧れを呼んで、下北沢にまた来たい、何度でも来たい、と思わされた。 あの不思議な気持ちは忘れないだろう。 その日の下北沢屋根裏の楽屋には、カルトフラワーズというバンドのPASが貼ってあった。 その日の少し前に、地元北海道札幌のサウンドクルーというライブハウスで、JET THUNDERS企画のアクメナイトというイベントで、カルトフラワーズとキンゴンズと共演した。後にも先にも忘れられない夜だった。僕らはベースレスの三人編成で、JET THUNDERSの夜はまだ始まったばかりをカバーした。そしたらJET THUNDERSのライブ中にしっぱいまんが僕をステージに上げてくれて、ギターを弾かせてくれた。ジョニーさんとなおやんと一瞬バンドをやれたのが超最高だったし、僕はアクメナイトに出るのが夢だったから、そんな状況夢のまた夢だった。 カルトフラワーズのボーカルのあっちゃんは、元ライラックというバンドのボーカルだと言う事は聞いていて知っていた。 札幌の深夜番組でライブ映像が流れていたのを覚えてる。ホームシックスが狸小路でインタビュー受けてる映像も流れてたよ。 ライラックの噂は伝説的に語り継がれてた。 カルトフラワーズのボーカルとして僕の目の前に現れたあっちゃんは、僕らのライブをこう表現した。 「ガガガSPより全然かっこいいよ」って。 僕は信じられないような気持ちになったし、何度も考えてその言葉の本質を見ようと試みた。 そして結果、その言葉の存在感が今でも忘れられない屋根裏の記憶になってる。 楽屋で見つけたカルトフラワーズのPASのすぐ側に僕らは自分たちのPASを貼った。 オレたちも今ここにいるんだ、と、時空を超えて魂を交差させたんだと、そんな風に思った。 あの日の僕は、今でもそこにいる。 壁のPASは無いけど、記憶にべったり張り付いてる。振り向かず、あの日のその先の道をただ見つめて、背中で感じながら、思い出を後世に届ける、それが詩、のような気がする。 僕の僕らの...