投稿

東京には雨が。

書こう書こうと、思ってはいたけど、なかなか書き始められずにいた、BLOG。 私の窓。僕は生きているよ。そっちからこっちはもうだいぶ見えないかもしれないけど、まだ聞こえるかもしれない、なんて思いながら小さな灯を守っているよ。 2013年の5月に一人で東京に来た、そうだった。もうあまり思い出さなくなった。季節の変わり目にも疎くなった。あれから6年。いろいろあったようで、何もなかったかのように、僕は大切なモノを溢し続けた。そもそも大切なものってなんだっけ。。 大好きなバンドや音楽はなんですか? と聞かれると、必ずmr.childrenと応える。 十四歳の頃に友達がカラオケで歌っていた、mr.childrenの口笛を聞いて, 初めて音楽の素晴らしさを実感した。 東京に来て初めて聞いた音楽も、mr.childrenの"名もなき詩"だった。それから無意識に"歌"の事を"詩"と書くようになった。今でもそう。 mr.childrenは毎日のように今でも聞いて歌ってる。歌わないと体のリズムが保たれないくらい毎日の僕の生活に必要な"詩"なのだ。 バンドをどうして始めたか? そう聞かれたら必ずGOING STEADYを聞いたからと言う。 これもまた十五歳くらいの時に、友達がカラオケで歌ってた、童貞ソーヤングという曲を聴いて、何か心臓が爆発するような衝動を感じた。 しかし、その時には既にGOING STEADYは解散寸前だった。さくらの唄、というアルバムを買って死ぬ程聞いた。音、でけーなーと思った。ラストライブのDVD、君と僕とBEEのBEET戦争も死ぬ程見て、峯田のMCを完コピ出来る程だった。GOING STEADYの音楽やライブは、親にはあまり聞かれたり、見られたりしたくなかった。まるで自分の思春期を晒してしまっているような、チンコを丸出しにしているような、そんな気持ちになったからだ。 この頃から、僕は毎日のように部屋でギターを弾きながら歌いまくっていた。 ミスチルとゴイステを教えてくれたのは、実は同じ中学のクラスメイト、サトシだった。 サトシは僕が初めて作ったオリジナル曲、幸せであるように、という詩を初めて聞かせた奴だ。その時サトシが曲を褒めてくれていなかったら、その後自分で作った詩を歌おう...

あぜ道を。

1.14にいつぶりだか分かんないくらいに、久しぶりの路上をした。 吉祥寺ダイヤ街。いつものアーケードのとこ。 あそこが声も響くし、しっぽり歌うには適してる。 路上やんのにしっぽりの意味わからんけど。 とりあえず今のオレにはあそこでやる勇気くらいしか無かったのだ。 23時くらいから1時間くらいの予定で始めて、とりあえず1時間歌いっぱでやった。 セットリストは決めずに臨む。 9割自分の詩しかやる気しなくて、1曲だけカラーボトルの「あぜ道」って曲だけはやった。不思議とやりたくなるもんで。 1.15 銀杏BOYZの武道館へ。 2年前の10月のやつはどうしても行けなかったから。 初めて銀杏を見た2005年のペニーレーンのライブとは、感じ方は全く違うものだったけど。 今の僕にとって、どうしようもなく良いライブだった。 歌いてーなー。峯田になりたいんじゃなくて、あんな風に魂込めて願うように祈るように、一直線に。 歌いてーなー。

ストリートから出直せ

また路上を本格的にやろうと思った。 2019年の初ステージが終わり、やれることをやってみて感じたのは、何かわかんねーけどお話になんねーなって事だった。生きてるという躍動感、存在感が全然自身から発せてないし、湧き上がらない。もっと試される場所に自分を追い込まなければ何も始まらないなっつー訳で。 また路上を本格的にやろうと思った。 渋谷の街は生命力に溢れていた。欲望がドロドロに溶けて混ざりあいギラついて粘ついていた。7thfloorの外に出た時、近くのO系列の箱で何かイベントやってたのか、たくさんの人たちが溜まっていた。ステージに立ち、綺麗なとこだけ歌って実は何もさらけ出せて無いし、いつからかふさぎ込んでいた自分と、その時対峙した。自分のライブに悔しさはないが、そーゆー事なんだ、悔しがる事も忘れたのか。

1.6

イメージ
スーパーカーの昨年発売のベストアルバム、PERMAFROSTを聞いた。聞いている。 リミックスがメンバーじゃない方のようで、確かに音の混ざり方が違う。良い違和感だったり、聞き慣れなかったり。オレはやはり、A、というベストが一番好きだ。その次にHIGHVISION。 新しく始めたバンド、ビンボーダンスで一曲書いた際に、スタジオで適当にコードに乗せてスーパーカーの真似をした。既存の曲ではなく、スーパーカー風な感じ。そこからスーパーカーをちゃんと聞き込んで、それっぽい感じに作詞したり展開を考えた。面白かった。特に、YUMEGIWA LASTBOYからたくさんヒントもらった。またライブができそうなので、その時に色々チャレンジしてみたい。 元旦に江ノ島に行った。 ただただ撮りたい絵があり、その為だけに。 自分が沖合いでギターを放り投げてる写真が欲しかった。片瀬江ノ島の海岸に着くと、元旦の夕方なのにまーまー人がいた。オレはTシャツを脱ぎ上裸にジャージのズボンを履いて、ギターを背負い、太ももくらいまで浸かるあたりの沖合いまで行ってギターを江ノ島の空にぶん投げた。若者や家族連れが不思議な顔してこっちを見たり、何やら話してるが、それより海の水の冷たさが凄くてそれどころではなかった。 しかし、冷たいというのは自分の中で何か呼び起こすきっかけだと前から思っていた。自分の中に眠るまだ見ぬ力に出逢えたらいいな。 1.8 渋谷7th floor 「Beat Happening!7階新春!」 OPEN18:30 START19:00 ADV¥2000 DAY¥2400 (+1drink order) w/ チバタケヒサ 大越なつこ(ex.軍艦オクトパス) 伊藤陵太郎 演歌女子おはなん 予約はこちら sasakitaiga19861020@yahoo.co.jp 佐々木泰雅/フロムTokyo ホームページ https://www.mindsoundfromtokyo.com/

それを笑う人

イメージ
真夜中の新宿駅西口ロータリーを見下ろす。 この街、東京で一番かっこいい詩、歌いたいオレはまだここにいる。何も忘れてない。何も失くしてない。あの日に居た場所にはもう居なくても、オレはオレなりにこの街で這い蹲って今日まで生きてきた。昔の事ばかり思い出してしまうのはもう辞めたい。今までも一人のような気がしたし、これからも一人がオレにはお似合いだし、一人でやってくイメージしか湧かないから、きっとそうなんだろう。強く今この瞬間を打ち鳴らして進む。mr.childrenのI'll beのそれのように。どうせすぐに生涯は終わる。ならば障害なんて怖がらずに行こう。自分の気持ち次第だ。これから佐々木泰雅が一緒にやってみたい奴には、ちゃんと勝って行く。尾崎豊の僕が僕であるためにのそれのように。そうだ、オレこの街で一番になりたいんだ、詩で。でも一番って何だろう。。メロディ、歌詞、人気、売り上げ、動員、、かっこいいって何だろう。憧れのあの人みたいになりたい。 そうだな、熟れる前に、ちゃんと佐々木泰雅で売れる、だ。 先月頭くらいに新宿のど真ん中の映画館でQUEENのボヘミアンラプソディーを見た。24時のレイトショーなのにほぼ満席だった。 オレは何も失くしてないし、オレは何も忘れてないと、気付かせてくれた時間だった。ステージで輝きたい、大きなステージで沢山の人の前で歌いたい、大きなステージで沢山の人に自分の詩を届けたい、と気付かせてくれた時間だった。 2017年のグラストンベリーフェスティバルでのBiffy clyroのステージ。 夢に見てるし、いつか届きたいっす。 頑張れ、オレ。

2019

明けましておめでとうございます。 今年はよろしくお願いします。 来年は遂にオリンピックが東京に来る、っていうくらいで。 特に2019に何の思い入れもありません。 区切りは自分の心次第。 2018年は一人ではありましたが、出来る力で挑戦しました。 一人で長い事出待ちしたり、ライブハウスにチラシやポスターを配って回りました。 一人で出来る範囲の事は、誰にも頼らず一人でやりたいです、それは今年もそうです。 「あけましておめでとう」のラインに、何故か返信出来ずにいる自分がいます。 勇気が欲しいです。 今は、ただそれだけです。 自分の気持ちは、自分が一番知っています。 そして誰にも譲らずに大切に抱きしめて失くさないでいたいです。 偽りの自分でいなくてはいけない時が、生涯のほとんどですが、そんな時も、 本当の自分の声を聞いて、本当の自分の事を忘れないでいたいです。 そしていつか死ぬ時に、自分の生涯は、本当の自分でいられた時がほとんどだったな、と思って死んで行きたいし、死にたくないです。 ホームページ更新しました https://t.co/0H7K7EqFTR

凍りついた暗闇の坂道を上るワンマン10.28

イメージ
佐々木泰雅単独公演は終わった。 やっと文章がまとまってきたので、いや、まだまだとっちらかってるけど、なんとか読める程度にはまとまったので読んで下さい。 未完成VS新世界の安田さんが書いてくれていたので、僕からもちゃんと書きます。ってとこから始めます。 2018年に入り、自分が真っ直ぐに思いを寄せるバンドと、佐々木泰雅のバンド編成「フロムTokyo」でツーマンイベントを春夏秋冬で開催しようと思い立った。 春は弱虫倶楽部、夏はザ・ラヂオカセッツと。 そして10.28が本来だとツーマン企画の秋編、未完成VS新世界とのツーマンの予定だった。 7月末頃に未完成VS新世界のボーカルである澤田さんを下北に呼び出し、一緒にやりたいという話をした。澤田さんは「音楽辞めます」ってわざわざ言いに来たのかと思ったわー、と笑ってた。メンバーにスケジュール確認してみるね、とその時はそんな感じで終わった。 あと、8月4日のmole楽しみだね、って話もした。 8月に入ってまーまーすぐに澤田さんから出演快諾のラインが来た。僕にとっては夢のような出来事だった。そんな日がいつか来るなんて夢にも思ってなかったからだ。 8月の中旬頃、澤田さんが嬉しそうに話してくれた。8.11に吉祥寺planetKでのライブが今までで1番良いくらいのライブだったそうだ。 その時点での次のライブが10.28の僕とのツーマンだったみたいだ。 そして、 8.25の新宿LOVE TKOでの僕のワンマンの2、3日前に澤田さんからラインが来た。 申し訳ないがライブに出れない。 という内容だった。 理由は話せない、とも書いていた。 僕は話せるようになったら教えて下さい、と伝えた。 8.25のワンマンに未完成の安田さんが見に来てくれた。でもそん時もまだ理由は言えないと言われて、知ったのはそれから3日くらいしてからだ。 澤田さんのブログ http://blog.livedoor.jp/aikotarou/archives/52526042.html ドラムの青山君のお父さんは有名なドラマーで山下達郎さんのバックバンドを担当したりしていた、というのを僕は8.25のワンマン終わりに自分が選曲した会場BGMの事をネタに安田さんに、達郎さん聞きますか?と話しかけた時に知った。まだ...