投稿

生きるということ。

また詩を歌える日が来る事になった。 もう2度と負けたくないとか逃げないとかじゃなく、負けても逃げても詩を歌いたい気持ちが僕の中から無くなる事はきっとないのだろう、そう思えたからまたステージに立ちたいと思った。きっとそれが、生きるということ、かもしれないと思った。音楽が愛しくて愛しくて仕方ない自分が自分の中にいて、そいつをオレは一人にしたくないと思った。そいつの夢を叶えてあげたいと思った。 きっとそいつは純粋であることを望んでいる。社会が時代が街がたくさんの人が、そいつの声をシカトしてもオレは聞いてあげたい。そいつは親友と歌いあう事を望んでいる。それが音楽の命だと感じている。そしてすぐにまた一人になる事を望んでいる。誰かのモノにならない、ましてや僕のモノですらない、純粋な静かな自分でだけ居たいと願っている。 それを、生きるということ、だと感じている。

under

言霊とは そうだな 壮大なものではないな 困窮する 生活の底で 鳴るそのものさ 混迷する時代に立ち向かい 向かい風味方につけ歯向い 続ける精神 繋げる音信 送信より行進前進 解き放つプライマルスクリーム スリムなフォーマットより 手触りを手作りそれこそが未来を 切り開く鍵だと信じ A LIVE 形あるものはいつかなくなる 必要とされなくなる日が来る 触れるくらい強い精神を 怨念のようなON AND ON ジミヘン経由進むMY WAY 自由にどこまでも転れ パンクロックはジャンルじゃねー パンクロックはジャンルじゃねー 言霊とは そうだな 壮大なものではないな 困窮する 生活の底で 鳴るそのものさ 雨が降る日常の毎秒 世界の端で飯を炊こう underworld響く渋谷 4畳半いつもここからだろ 布団を敷いて畳む毎日 吹き荒ぶ現実の風切り ここにしかいないという幸せ ここにしかいないという悲しさ 混迷する時代に立ち向かい 向かい風味方につけ歯向い 続ける精神 繋げる音信 送信より行進前進 解き放つプライマルスクリーム スリムなフォーマットより 手触りを手作りそれこそが未来を 切り開く鍵だと信じ A LIVE

幸せで泣きたい

あの日を思い出す 真っ白な骨になって7月の空に 舞う雪のような あなたを思った夜 あなたにもう一度逢いたい 一目でいいから逢いたい 通り過ぎたふりをして 背中向けた 「そばにいて欲しい」 泣いてくれた あなたがすべてを 抱きしめていて くれたから わたしどこにでも行けた事 嬉しい寂しいぼんやり 胸、灯る明かり 幸せで泣きたい あの日の少年は 小さな部屋の中で 掌ばかりを見つめてこんな街で 綺麗に生きていたい 君にもう二度と逢えない こんな気持ちは歌えない 通り過ぎたふりをして わたしだけがそこにいる 「愛するものが多過ぎて 飛び立てないなら 振り切る事の切なさも 君を思うが故だ」と 歌ってくれた、泣いてくれた あなたが全てを 与えてくれて わたしの命の 中で生きていてくれる事 嬉しい寂しいこんなに 胸、灯る明かり 幸せで泣きたい

もう何もなくしたくないのに。

僕なんてホントにまだまだ悲しんだり苦しんだり、そんな弱音を吐く程生きてなんかいないから、まだまだ自分を許せないし、慰めてる場合ではない。 自分の好きな場所は守りたい、守って貰ったし、人にはそれぞれ事情があって仕方なかったりするが、僕は自分を守ってくれた場所が出来る限りより良い場所であって欲しいなと、自分の出来る限りの何かでその場所に対して、なんかしたいなと思う。これは死ぬまで変わらない。それだけ貰ったし、 感謝は消えない。 Ballsっていうバンドのスポットライトってアルバムのメルトサマーばかり、そういや聞いているなぁって帰りの電車で思ったし、自分はゲーム好きだけど、FF7ばかりやっていたなぁって、アルバイト先の同い年の奴と話して思ったし、早く歌いてーなー。

道玄坂を登りきる

イメージ
TheBeatlesのHey Judeをギターで弾いた 凄く単純なコードに乗っかるメロディが踊っていた あとJACKSON5の頃にマイケルが歌ってるBENばかり聴いている HeilosのEingyaも良く聞いている さっきビックカメラのスピーカーコーナーをブラブラしてたらギブソンのハイレゾ音質のスピーカーがあって、その音の立体感に驚いた ハイレゾってなんなのかは知らないけど、とても良い音がするらしい そういや以前にも見た事があるインターステラーという映画を見た、たぶんまた時間が経ったら見ると思う、自分にとってすごく特別な作品だなって思った 銀杏の峯田がNHKの連続ドラマで13年ぶりに麻生久美子と共演するらしい アイデン&ティティを初めて見てから13年も経ったのか、嬉しいニュースだ 3/26に中野の映画館で銀杏BOYZの新作ライブ映像を見る、DVDの発売は今日か、映画館まで我慢出来るかな 春です

12月31日

イメージ
確か1曲目は恋愛スピリッツだった。 もう5年も前になるのか。 2015年の大晦日にフロムTokyoとして、自主企画を開催して、そのライブ以降今日までライブをしていない。 20才くらいからオリジナル曲をちゃんと作るようになってから、ホントにずっとバンドばかりやってきた。バイトで稼いだお金も余った時間も全てバンドに費やしたし、費やしたかった。それが自分の生きる意味だと信じ疑わなかった。 どうしてバンドをやるのか、まず大前提に歌うのが好きだ。そしてバンドや音楽が好きなのだ。 そしてステージの上では嘘をつかないでいられる。というかステージの上だけでは嘘をつきたくなかった。僕は何かを洗い流したかった。それはもう戻らない過去に思いを馳せる事がほとんどで、あん時上手く行かなかった事や上手く言えなかった事を、メロディに乗せる事でした。 バンドをやるようになって2か月もライブをしないなんてホントに久しぶりだ。 もうすっかり東京の街にも慣れた。新宿や渋谷を歩いていても何も特に思わない。 感じなくなったことは増えた。それでいいのだ。そういう風になりたかったんだし。 昨年の12月1日の下北沢SHELTERでの自主企画は今でも忘れない素晴らしい時間の連続だった。撃鉄のジョージさんが出番前にかけてくれた言葉や、楽屋でTheFlickersのあじ君と二人で話した時間とかが今でも焼き付いて離れない。たくさんの友達が集まってくれたのもホントにうれしかった。バンドとして新曲もできたし、良かった。みんながSHELTERからはけた後、撃鉄のターシーさんと二人で少しだけ話して、僕はみんながいるであろう王将には行かずに、下北沢から歩いて帰った。 2015年の大晦日に初めてのカウントダウンイベントを開催した。どうしたらいいのか分からないという気持ちは終演まで続いたがやってよかったし、3人の最後には相応しかった。 年が明けて花園神社でおみくじを引き、朝の8時くらいに家に帰った気付いたら丸1日何も食べてなかった。 東京に来てからもうすぐで3年が経つ、出来た事も出来なかった事もたくさんあったけど、結果、佐々木泰雅は今どこにいて、何をする為にそこにいるんだろう、とふと思うようになった。 かなり大人になったし、嫌な事は断れるようにもなったけど、やっぱり佐々木泰雅は今どこで何をしている...

12月革命 ミュージックビデオ 完成

確か9月に入ってすぐだったはず。 フロムTokyoチームは朝6時くらいから千葉の九十九里浜へ車で向かった。 フロムTokyo始まって以来、初のミュージックビデオを撮影する為に。 事前にロケハンに行った時は快晴だったのに、その日は朝から小雨が降る曇天の空でした。 浜辺について早速撮影を開始。 撮影をしてくれたのは僕が絶大な信頼をおいている、伊藤惇君。 雨はさらに強くなり、風も強く吹いてきて、波がどんどんと高くなる中、ギリギリの撮影は7時間程で無事終了。 詳しく調べていなかったから知らなかったのですが、台風が来ていてあと少し時間がずれていたら、とても撮影できるような天候ではなかったようです。 悪天候のおかげで、二度と同じモノを撮る事が出来ないリアルを封じ込める事が出来ました。 前にやっていたリンダリンダラバーソールを辞めてからの日々の詩。 もがいてもがいて、それでもどうにもならなかったけど、それでもまだ、それでもまだって歌ってきました。 バンドを始めてからの、始めてのしっかりとしたミュージックビデオです。 ずっと忘れないと思います。 見てくれた皆さんにとって、何か意味のあるモノになってくれることを願います。 それではどうぞ。 うれしいな。 たくさん見てね。 フロムTokyoミュージックビデオ「12月革命」 そしてそして。 来る12/1の下北沢SHELTERで開催されるフロムTokyo企画「WE ARE THE ROMAN’S」へ向けて。 出演してくれるTheFlickersと撃鉄に、僕がインタビューをさせていただきました。 そしてフロムTokyoにも、僕自らインタビューしましたので、こちら合わせてご覧ください。 僕らが何故共演することになったのか、少しでも伝わればなと。 フロムTokyoインタビュー TheFlickersインタビュー 撃鉄インタビュー そして。これらすべてをひとまとめにした企画特設ページができました。 企画の最新情報などはこちらで随時更新していきますので、気にしていてくださいね。 WE ARE THE ROMAN'S特設ページ