2020年3月2日月曜日

美しい国



3.1
そうか、もう3月か。
なんかあっとゆー間にもう寿命です。
って死神に言われそうだ。
2月29日、四年に一度のうるう年の日に下北沢の町を真昼間から散歩した。あるバンドの新譜へのコメントをお願いされていて、それを完成させる為の時間だった。短くまとまってしまったなーと思ってはいたけど、新譜のコメントって普通は三行くらいとか、、たまに一言とか。。見返すと作文みたいに長くて、まーでもそれでも短いかもって思ったくらい、思いがあるのは良いことだ。
世界が狂って来たいやもともと狂っていたのに気付かなかったのか、それとも狂った世界に慣れていたのか、はたまた狂った世界を愛せるようになっていたのか。心にも頭にも沢山の「伝えたい事」ってやつが渦巻く。それはなかなかSNSのスマートなとこには収まらなそうで、やはり僕はBLOGが好きだ。

僕の考えはこうだ。
人を傷つけるような言葉を吐く人は、善人だろうが悪人だろうが、僕は嫌だ。
強く訴えるがあまりに乱暴な言葉になったりするのはよく分かるが、日本にはとても美しい言葉が沢山あるのだ。情緒豊かで風情がある。そしてそれは表面上凶暴な言葉よりも、ずっと狂気的に的を射抜く事もある。歌詞を書いてるとそんなことに気付ける。
僕は安倍総理がかつて放った「美しい国、日本」という言葉がとても好きだ。安部総理を支持した事は一度も無いが、その言葉の持つ本質的な力に凛としたのは確かだ。あの人も人間である。新宿なんかで乱暴な言葉を掲げて政権交代を求める人達を僕は安部総理以上に好きになれない。これは本音だ。本当の「切実」というのは、実はもっと丁寧な言葉に表れると僕は思う。
音楽には人を優しくする力があると思う。それは聴く人の心の声を言い当てるからだ。歌詞もメロディもその役割を担ってる。疲れている、苛立っている、暗闇の未来に、優しく降る雨。
戦場の兵士に降り注ぐジョンレノンのイマジンのように、音楽には世界を優しくする力がある。僕はライブでお客さんだけに歌ってるなんて思った事は一度も無い。スタッフ、対バン、主催、此処ではないどこかにいる人へ向けても歌って来た。そんな話を昔大阪のライブハウスでしたらその箱の店長にプロ失格だと言われた。そんなプロならこちらから願い下げだから不服な態度で店を出た。この世界情勢の中、イベントやるなら僕は出続けます。僕側からキャンセルする事はありません。そしていろいろを考慮して自粛しキャンセルする方々の決断も余裕で尊重してます。そこに違いは無いし、その事でどうこう言うのはもう時代遅れでダサいから辞めといた方がいい。もっと沢山の価値観を理解して触れて本質を読み取って行くべきです。みんな悔しそうです、切羽詰まって大変な事になる事もあるけど、こんな時こそ良い音楽聞いたりして幸せになりたいもんです。その為の音楽。このどうしようもない世界をひっくり返せる音楽。前向きに捉えて笑って踊って暮らしましょう。

あー早くバンドやって全部ぶっ飛ばしてー。

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