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波の小さな終着駅からまた漕ぎ出して。

  一年前まで遡って書いていたブログ、前回の続きは昨年の8月19日の2度目のワンマンまでの日々を書いていく予定だったが、一個違うブログを書こうと思い立った。 もう夜も遅くて時間も無いけど、書ける事は残しておこうと思う、稚拙な文になるだろうけど良ければお付き合いお願いします。 前回のブログでは、昨年の2月1日に、初めての渋谷ラママワンマンをやった時の事を書いて、バンドやりたい、と締めた。 昨年の夏の終わりあたりから、シゲさんと西方君と3人で何度か逢うようになった。 ふとした感じで逢う時もあれば、ちゃんと予定して逢う時もあった。新宿の公園、高円寺、幡ヶ谷、下北、そしてある日シゲさんが、勝ちに行くバンドをやらないか、と提案してくれた。それはとても自然な空気が流れている中での発言で、心に、すんと入って来て、3人でバンドをやる事が決まった。良く考えると凄い事なのだが、なんだか穏やかな風が心に吹いていた。それからバンド名を3人で決めるために色々話したりしたが、思いの外、時間がかかった気がした。 どういう流れでそこに落ち着いたかいまいち覚えていないが、 本当は誰か という名前に決まった SNSで検索しづらい厄介な名前で、気に入ってる。 僕は2013年の5月1日に1人で札幌から上京して来た。 札幌でやっていたバンドを解散して、東京でまた一からバンドをやりたくて、来た。 けれど、なかなか上手くいかず、結局1人で歌うことばかりが増えた。バンドをやりに東京に来たのに、音楽すらやれない時間も長くあった。それはとても空白な日々で、あまり記憶に無い。 そんな時間からなんとか這いつくばって抜け出したくて、2024年の夏くらいからサンプラーとエレキギターで、1人でライブに挑戦した。それはそれで孤独な日々だったけど、その中で新しい出逢いや経験を多く出来て、やって良かったなと思っている。 そして、やっぱりその先で、僕は、本当は誰か、とバンドがやりたい、とまた思えるようになっていた。 昨年の10/27の浅草ゴールドサウンズでの企画を最後に、一旦、1人でのライブを止めて、バンドに集中してみようと決めた。 初めてのライブは、今年の1/24、東高円寺ロサンゼルスクラブだった。サポートドラムにコリドラスの大西君を招き、4人編成でライブした。中音は混沌としていたけど、ステージに仲間がいるのは本当に嬉しくて...