一緒に叶えよう リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 4月 28, 2022 日が昇って来た4月28日。ベランダから吹いてくる涼しい風。今日起きた事にくるまってこれからも優しい気持ちに何度だってなれる。オレも何気なくかけがえのない優しさを音楽に変えて行くよ。しっかりと、しっかりと、歌って行くよ。後3日で、東京に来て9年。凍りついた暗闇の坂道にしがみつけ。佐々木泰雅フロムTokyo。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
⑧最後の旅 6月 24, 2025 それまでの自分に比べたら2024年の11月はライブを沢山やった。 自分のライブは4本。大塚SOHO、茅場町TAKAITOW、阿佐ヶ谷ロンサム、 浅草Gold sounds。ライブが増え始めて来てから初めて出るようになったライブハウスに立て続けに出演させてもらった。相変わらず動員は無さすぎるが、ライブは頑張った。どれも、その瞬間最高なモノを出した。 その月の最後のライブは西永福JAMで、内藤重人のバンドでギターを弾く日だった。 新宿JAMの頃から数えたらもうどれくらいライブしたか分からないくらいやった場所。 でも、サンプラーとエレキギターでライブするようになってからは、いまだに西永福JAMには出演していない。 いつか最高な形で出演したい。 内藤重人のバンド編成には何度も参加させてもらって来た。 僕が歌えなかった時に、誘ってもらって、一度抜けたりもしたけど、また一緒にやらせてもらってる。一度離れた時に、一緒に曲まで作ったのに、何故かまた戻って一緒にやり始めた時の感情があまり思い出せない。少し強くなれてたらいいんだけど。 この日見たNO FUNがめちゃくちゃ良かった。 10年以上前に、京都GLOWRYで、当時ピアノガールってバンドのボーカルだった彼に挨拶をさせてもらった記憶があって、今はNO FUNのボーカルって事で、ここで繋がるのは嬉しかった。彼は多分覚えてないだろうけど。 珍しく、打ち上げで話せる人が沢山居て安心するなぁと感じる日だった。 ギターの歪みを褒めてもらえたのも嬉しかった。 2024年の11月の5本目のライブが終わって、僕はいよいよ翌年のワンマンまでの日々をツアーと銘打ちながらライブを始ようとしていた。 次回はそこから。 続きを読む
①1年前 5月 23, 2025 長くなりそうだがゆっくりでも書いていこう。 ちょうど1年前くらいの5月にニュータウンというバンドをやっていた柳田と吉祥寺で飲んだ。その少し前に渋谷ラママで開催された「少年の叫び2024」に僕は出演していて、そこで柳田と4年ぶりくらいに再会した。柳田はGABIGABIに出演していて、アコギで歌っていた。 出番が終わった柳田に話しかけて、一緒に矢野さんがやってる「はまこ」に行った。 それから少し経って吉祥寺のハモニカ横丁で柳田と待ち合わせをした。同い年であの頃新宿JAMで何度も共演してたけど、2人で飲むのは初だった。その日のハモニカ横丁は活気があり、立ち入った飲み屋の2Fから酔った客が路地に転がり落ちてきていたりした。僕らは、何気ない音楽の話や、生活の話なんかをした。柳田は、もうすぐ2人目の子供が生まれるんだ、と嬉しそうに言った。 あれから1年経つがそれっきりまた逢えていない。またハモニカ横丁に誘ってみようかな。2人目の子供もそろそろ1才になる頃かもしれない。 柳田と逢った少し後、初めて阿佐ヶ谷でライブする機会をもらえた。下北沢のモザイクやDYキューブでブッキングを担当してたミエダさんが僕を誘ってくれた。初めて出演する阿佐ヶ谷ロンサムで、僕は初めてサンプラーとエレキギターでライブをした。めちゃくちゃ緊張したし、どんな風に思われるか、分からなかったけど、自分にはこれしかないと思っていた。その日のライブを気に入ってもらえたのか、それからはロンサム店長の森本さんが、毎月のように呼んでくれるようになった。ライブがなかなか出来ていなかった僕にとってこれ程嬉しい事はなかった。 その頃、リンラバの2023年に作成していたデモをRemixしていた。よくDTMと向き合って1日に何時間もヘッドフォンをしていた。完成したものにゆっちが映像をつけてくれて、リンラバの2023年末までの活動が一段落ついたような気がした。作成した4曲は、今でもとても特別で、まだまだ何か伝えられる力を持っていると思っている。 青春の光 OVER DRIVE 未来 メロディライン 初めてまともに田高くんと話したのもこの時期かもな。一度豪徳寺で共演しているけど、あんまりちゃんと話してなかった。LOVE TKOでワンマンを終えた彼に少しだけでも逢えて良かった。 それからまた少しライブが空くんだけど、幼馴染の健太と... 続きを読む
10年、 5月 21, 2025 随分とまたまた間が空いてしまったけど、思い出すたびに書きたいと思っていたこのブログ。2015年から始めたが機能していたのは僅かだったから、もっとちゃんと書いて伝えられる事は伝えたい。しばらくライブが空いているこの隙を狙って、実はずっと書きたかった昨年の夏から今この瞬間までを、分作にして書き上げたいなと考えていた。これはそれ自体を宣言する為に、自分のけつを叩く為に書いている。東京に来てから気づけば12年程が経ち、6月を前にしても、梅雨に怯えなくなった。慣れというのは凄い。それでも今でも東京に対しては途方もない程の歌う理由を持てていると信じている。窓からは涼しい夜風が吹いて、スピーカーからは阿部芙蓉美さんの詩が流れている。どんなに沢山の音楽を知っても、ぐっと来る音楽は決まってあんな曲だ。「ライブがしたい」けど、「ライブでしたい」事は何度も分かんなくなった。そんなツアーのような、僕にとっては普通の日常を書けるだけ書いてみます。 続きを読む
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