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天駆ける太陽をとらえて歌う

2013年の5月1日。 札幌新千歳空港から片道切符だけ握りしめて東京にやって来た。 詩がただただ歌いたかった。 詩を歌う前から胸の奥にある、このマグマのようなカオスの正体に名前を付けるなら「怒り」だという事を、インターステラーという映画を見て僕は気付いた。 イギリスの詩人、ディラントマスの詩を、ブランド教授は何度も作品中に唱えるのです。 "あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない 老齢は日暮れに 燃えさかり荒れ狂うべきだ 死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ" 平成に歌い始めた僕が出来る事は、この時代に生きている証、つまり「怒り」を刻みつける事だった。そして、刻みつけたその先で生まれるまだ出逢った事のない感情こそが未来だと思いますし、それは優しさにとても似ているはずです。 突如思いついて4.27にスタジオに入り、スタジオライブを録音、1曲53分53秒のアルバムとします。 6年前の5月1日の佐々木泰雅へ向けて、 そして、新しい時代の幕開けへ向けて、 此処に存在証明します。 タイトルは、怒り(ANGER)のアルバム、僕の平成という時代、最後のライブです。 ANGER ALBUM 曲順 1.神様になりたい 2.MrTokyo Under Ground 3.under 4.July 5.夢で逢えるなら 6.レインマン 7.あなたは花になって 8.詩になれたら 9.はるにれ 10. Sound Cloud https://soundcloud.com/da9tr93muwxu/anger-album YouTube https://www.youtube.com/watch?v=qLBu8o84DMs&feature=youtu.be で聞けますので是非ともよろしくお願いします。 佐々木泰雅 フロムTokyo

何も、

雨の音を久しぶりに聞いたような夜。 ここは東京、渋谷かとふと思う。 まだまだ慣れない事はある。 あれからまだ六年しか経ってないんだ。 長いのか、一瞬だったのか。 まだ良く分かっていないんだ。 終わってない事が沢山あって。 どうしてもやり遂げたい思いが此処にあって。 僕はまだまだこの街でもがいている。 もうすぐで年号が変わる。 昭和の終わりに生まれて、平成を越えて、令和になる。 令和と携帯に今打つと、一発で変換されるようになった。 昭和の和は、令和の和、と呼ばれるようになるんだろう。 でもいつまでも平和の和であって欲しい。 そしてそこに平成の平もあって欲しい。 僕の人生はやはり平成だったのだ。 とても平静を装えるものでは無かったけども。 雨の音を久しぶりに聞いたような夜だ。 意地とかプライドとか誇りとか、それらとその類のやつで、その中のくだらない部分が好きなモノを操作している事に今日ふと気付いた時、なんて無駄な時間を過ごしていたんだろうと我に帰った。そして好きじゃなくなっただけで、嫌いになった訳でもないんだよ、とも今思った。 4月、真夜中。 佐々木泰雅 フロムTokyo

詩に、

4.23 motionでのTHEビンボーダンス企画の為、新宿へ向かう。 今回は自分のソロとビンボーダンスでベースを弾くので大荷物を抱えて、夏のような東京の晴天の下、汗だくで新宿。 motionについてリハをする。 超久しぶりに山田さんに逢う。 よくよく考えると同僚だった事を思い出す。 僕がJAMに勤め出した頃、もうJAMのPAと言えば山田さんというイメージが確立していた。 あの頃にJAMで良くライブをして音響を担当してもらっていた時と、自分の声はかなり変わったと思う。山田さんにはどう聞こえたかな。 一足先に到着していたしっぱいまんと山田さんさんとで、少し話した時に、motionの目の前の工事現場がいずれZeppになるという話を聞いた。僕が東京にツアーで来ていた時は、まだグリーンサウナみたいなとこだった。泊まった事も何度かあった。その後、一度駐車場になって、そこで惇君に写真を撮ってもらった事もあったな。そんな事もあった。 ビンボーダンスでリハをする。 凄く良い感じだった。 以前にJAMでやった時よりずっと良かった。 緊張する石塚さんのギターをしっぱいまんがチューニングしてあげて、本編は石塚さんから始まった。 石塚さんのソロは初めて見たけど、良い声だなと思った。 僕は声が良い人が好きだ。 そして自分の番。 1.Fly 2.under 3.July 4.レインマン 5.詩になれたら(新曲) 前日に出来て、やろうか迷っていた新曲をやった。新曲を、今の自分の持ち曲で一番好きだと思えるのはとても健康的な事だ。 歌詞載せとく。見てください。 _________ 「詩になれたら」 こんなにも命を燃やして 魂を焼き焦がして はちきれるまで声を枯らして 一体何になれるのだろう なれるだろう さっき見たテレビの話をしよう あなたはもう眠っているの 昨日よりも今日は綺麗な月 カーテンを開けて眠ろう そのメロディ あのメロディ このメロディでさ もしも詩になれたら あなたと詩になれたら こんな小さな私と歌ってよ 最悪だったライブも 土砂降りの自転車も 夏の日のサヨウナラも 素直になれるかな きっと届くはずだよね あなたとの桃色の日々なら もしも詩になれたら あなたと詩になれたら こんなダメな私とハモってよ 最高だったライブも 夏の日の青空も 路地裏のあの猫も 素直になれるかな きっと届くはず...

太陽の、

4.15 石塚さんとスタジオに入った。 石塚さんは元新宿JAMの店長で僕は元スタッフだった。 2013年の5月の12日。 上京して12日が経った僕は新宿JAMに初出勤した。 その日を最後に退職する秋山さんというスタッフが最後の企画をしていた。 秋山さんが地元に帰るとの事で、僕は秋山さんから家電や家具など一人暮らし する為のものはだいたい譲り受けたし、それが今でもちゃんと動いてる。 僕は新宿JAMにちょうど3年勤めた。 その間ずっと石塚さんは凄い人だった。 新宿JAMが2017年の暮れに閉店し、それから石塚さんはラママに勤め出して、 ラママに行けば石塚さんに逢えるというような印象、とはどこかならなかった。 僕の中での話だ。 石塚さんは絶妙なタイミングで絶妙なイベントを呼んでくれた。 そして急にバンドをやることになり、僕はベースで参加することになった。 今夜は新宿のスタジオに石塚さんと二人で入った。 とても楽しかった。2時間曲を合わせて、石塚さんはお茶割片手に歌舞伎町の サウナに消えて行った。 少し寂しそうに見えたのは、多分まだ新宿にJAMがあるような気がするからかもな。 佐々木泰雅 フロムTokyo

晴天の、

4.13 朝8時に起きて諸々準備をした。 昼に職場の超お世話になってる先輩の結婚披露パーティーがあり、 そこで歌って欲しいと依頼を受けていた。 何気ない会話の中で、歌わない?と軽い感じで頼まれたが、蓋を開ければ 式の最後に歌うことになっていた。 こういう場で歌えるのはとても光栄な事だと分かるのだけど、 僕はずっと悩みがあった。 こういう場で歌える自分の詩が無い事だ。 差し障りのない範囲で和ませるくらいなら死んだ方がましなのだ。 ならば、1曲書くしかないなと、式の主役の3人(新婦のお腹には赤ちゃんが) の事を自分なりに考え、自分と会話しメロディと歌詞を組み立てて行った。 その曲の為だけにスタジオにも何度も入り整理して行った。 そしてある一定のラインまで組み立てて、後は自分にも新鮮なように 触らないように生々しくして本番にのぞんだ。 午前11時に会場入りしてリハ。 新郎新婦も不在で、もちろん他にも誰もいなくスタッフ達と話しながらチェックする。 なんか大丈夫な気がして、そこそこに終わらせて時間を潰す。 渋谷の道玄坂の頂上で空は晴天だった。 しばらく寒い日が続いていた東京にはちゃんと春が来ていた。 開場し受付をして、式は始まった。 出番が最後なのでそのあと2時間くらいはただただ耐え忍ぶ時間だった。 さっさと歌わせてくれと思ったが、これも一瞬の自分の生業の為だと堪えた。 14時半頃に出番が来た。 2曲、歌う曲はレインマンと新曲と決めていた。 歌い終わった後に司会が新郎新婦に感想を求めた。 御世話になっていた先輩というのは新婦の方で、新婦は僕の曲を目覚ましアラームに 使っているという話などをしてくれた。 僕は自分の信念を曲げずに媚びず向き合えたことを誇りに思えたし、 一つまた大きな何かを超えられた。 席に戻ると同い年の同僚が、ヒトリエ、というバンドが好きだという 話をしてくれた。それはとても嬉しい瞬間だった。 すぐに会場を後にし小田急に乗り豪徳寺へ。 いずみさん、という女性がやってるLife is musicというイベント へオープニングアクトでの出演が決まっていた。 leaf roomという会場に上がる階段の向こうは晴天だった。 しばらく寒い日が続いていた東京にはちゃんと春が来ていた。 ...

花嫁と男と、

さて。 詩を歌う日は明日です。 佐々木泰雅の価値観や考え方や感じ方や感覚や方向性、そして魂を見せるステージです。 つまり全部を披露する舞台。 いつになっても震えてしまいます。 それはただ事ではないからです。 楽しいなんてもんではありません。 でも自分にとってはそれが生きている、という事の表現なのです。 答えはわかりません、終着地点も見えません、ですがこの胸のドキドキが示す暗闇の先の何かは何となく、いやはっきりとわかるのです。 「今」だけが、暗い宇宙の真ん中にぽつんと浮かんでいて、僕はそれを青い炎で燃やし尽くします。 佐々木泰雅 フロムTokyo

dead roman's

生きている実感について考えていた。 幸せについて考える、のとはちょっと違う。 生きている実感。 それはその瞬間には分からなくて、ふと振り返った時に、あぁ、あの時オレ生きてたな、って思う事なのかもしんない。 つまりそんな事考えずに毎日過ごしてるのが、一番生きている実感を無意識に感じている事になる。 そういたい、けど、しばらくそんな風には出来ていない。 振り返って、あぁ、あん時オレ生きてたな、って思うのは、大抵必死こいた死にものぐるいの時間だ。 そしてそれは、音楽の中だけで言うのなら、一緒に共演したい人と一緒に共演していた時間、という事になる。 しばらくそんな時間を過ごせていない、つまり今のオレは必死こいて死にものぐるいでやってないんだろう。どうした。 生きている実感のない生涯なんて、死んでしまうよりも死んでいるようなものだ。 企画でもやるか。 佐々木泰雅 フロムTokyo