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12月革命 ミュージックビデオ 完成

確か9月に入ってすぐだったはず。 フロムTokyoチームは朝6時くらいから千葉の九十九里浜へ車で向かった。 フロムTokyo始まって以来、初のミュージックビデオを撮影する為に。 事前にロケハンに行った時は快晴だったのに、その日は朝から小雨が降る曇天の空でした。 浜辺について早速撮影を開始。 撮影をしてくれたのは僕が絶大な信頼をおいている、伊藤惇君。 雨はさらに強くなり、風も強く吹いてきて、波がどんどんと高くなる中、ギリギリの撮影は7時間程で無事終了。 詳しく調べていなかったから知らなかったのですが、台風が来ていてあと少し時間がずれていたら、とても撮影できるような天候ではなかったようです。 悪天候のおかげで、二度と同じモノを撮る事が出来ないリアルを封じ込める事が出来ました。 前にやっていたリンダリンダラバーソールを辞めてからの日々の詩。 もがいてもがいて、それでもどうにもならなかったけど、それでもまだ、それでもまだって歌ってきました。 バンドを始めてからの、始めてのしっかりとしたミュージックビデオです。 ずっと忘れないと思います。 見てくれた皆さんにとって、何か意味のあるモノになってくれることを願います。 それではどうぞ。 うれしいな。 たくさん見てね。 フロムTokyoミュージックビデオ「12月革命」 そしてそして。 来る12/1の下北沢SHELTERで開催されるフロムTokyo企画「WE ARE THE ROMAN’S」へ向けて。 出演してくれるTheFlickersと撃鉄に、僕がインタビューをさせていただきました。 そしてフロムTokyoにも、僕自らインタビューしましたので、こちら合わせてご覧ください。 僕らが何故共演することになったのか、少しでも伝わればなと。 フロムTokyoインタビュー TheFlickersインタビュー 撃鉄インタビュー そして。これらすべてをひとまとめにした企画特設ページができました。 企画の最新情報などはこちらで随時更新していきますので、気にしていてくださいね。 WE ARE THE ROMAN'S特設ページ

2015.12.1 下北沢SHELTER「WE ARE THE ROMAN'S 」開催。

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いよいよ発表です。 フロムTokyoを始めて5回目の自主企画を、 12月1日、場所は下北沢SHELTERです。 共演は、TheFlickers、撃鉄。 スリーマンライブです。 「WE ARE THE ROMAN'S」 僕が、僕の音楽の力を信じる事。 あなたにそんな音楽が届く事を諦めない事。 ボロボロの美しい希望を込めて、存在を海賊旗のように掲げる夜です。 12月1日(火) 下北沢SHELTER フロムTokyo企画 「WE ARE THE ROMAN'S」 OPEN18:30/START19:00 ADV¥2300/DAY¥2500 出演 フロムTokyo/The Flickers/撃鉄 ※枚数、期間限定の早割チケット¥2000を、フロムTokyoメンバー手売りのみで、本日8.15から9月末まで販売する。 ライブ会場、佐々木泰雅の路上ライブなど、フロムTokyoメンバーから直接買って下さい。 ※一般発売チケットについて。 チケットプレイガイドe-plusの取り扱いがあります。 こちら→ e-plusフロムTokyo企画ページ  その他、下北沢SHELTER店頭、手売り、出演バンドHP予約、全て本日から発売と予約が開始です。よろしく。 あと、明日8.16に新宿JAMで急遽一人で歌います。13:10から。 急だけどもし都合合えば聞きに来て下さい。 予約くれたら特典がつきますよ! もちろんチケットも売りますので。 ついに下北沢SHELTERで自主企画をする日が来るんだ。すごく憧れていたライブハウスだったからとっても嬉しい。 3ヶ月半後だけど、きっとすぐに当日が来るんだろうな。チケット、たくさん本当に買って欲しいです。たくさん皆さんの前に立つので、声をかけて下さい。 何よりも共演バンドがマジで最高です。 僕は上京してから今日まで、かなりの時間を新宿JAMってライブハウスで過ごしてるんですが、そんな日々の中で良く「TheFlickers」の名前を聞いた。JAMでたくさんライブもしていたし、JAMでたくさん練習していた、っていう話をたくさん聞いた。今年の4月にメジャーファーストフルアルバム「UNDERGROUND POP」の発売を記念したレコ発ライブをFlick...

私の船。

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朝から湘南の海にやってきた。 人がたくさんいたけど、海の水も暖かくて、海に入ってあんな風にびしょ濡れになって泳いで遊んだのは、本当に久しぶりで。 毎週遊びに来たいくらい楽しかったなー。 足の指に砂がたくさんくっついたまま、湘南新宿ラインで東京に帰ってきました。 みんな今日までいろいろあったし、オレももちろんいろいろあった。みんなこれからいろいろあるし、オレもこれからいろいろある。 新宿駅のJR中央東口の改札の前で、抱き合ってるカップルがいる。彼女の方は泣いてる。 少し前まではこんな光景が腹立ってしょうがなかったけど、今日は幸せに感じた。僕んなかで何か重要な部分が変わってきてる。感覚的でしかないのだけど、とても良い事だと思う。ブログは楽しいね。好きに書けるし、見たい人しか見ないしね。これからも読んで下さいね。 フロムTokyoの事。 何回も書いてる事だけどまたしっかりまとめてみます。長くなるかもしれないけど、知ってもらいたいからじっくりと書こう。 とりあえず僕は以前にリンダリンダラバーソールってバンドを5年くらい北海道の札幌って街でやってました。 ボーカルギターが僕、ギターが奥山京、ベースが外山広人、ドラムがゆっち。友達と最高なバンドをやった。 人気無かったけど、本当に最高なバンドをやった。そして辞めた。2012年の12月14日の事だ。 リンダリンダラバーソールが掲げたのは「死ぬまでドキドキワクワク」っていうテーマだった。解散の理由はこの4人でリンダリンダラバーソールをやるという事に「ドキドキワクワク」できなくなったから。どうしてなのか。。解散したいと言い出したのは僕だった。はっきりとした理由はなんだったのか。どうして「ドキドキワクワク」出来なくなったのか。音楽に対して。メンバーに対して。ライブに対して。 そもそも「ドキドキワクワク」とは何なのか。。簡単に口に出来るから、あんまし深く考えた事が正直無かったんだけど、 良く路上で歌うハナレグミの「光と影」って歌のBメロが好きな理由は、もしかしたら答えに近いかなって思いました。気になった人はハナレグミの「あいのわ」ってアルバムを買って聞いて見てください。3曲目。 リンダリンダラバーソールを解散して、僕はさらに一層バンドがやりたかった。 やる...

8.0

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夏は続いている。 もう終わりそうだ。 新宿の大都会の真ん中にボロボロの猫がいた。 全然鳴かない猫。 警戒しているけど、逃げる力もないんだろうな。目の周りの毛が抜けて今にもそこに横になりそうな程に弱々しかった。 後でしっかりとBLOGを書きます。 ボイガルと対バンしたいなー

サンキューエレキギター様

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僕の自転車が見つかった。 4月の頭に下北沢で無くして以来、もう盗まれたかなんかで帰ってくる事はないかと思っていた。 7月28日に家にハガキが届いていて、6月18日に下北沢南口で撤去したから、取りに来てくれってやつだった。見つかってホントに良かったけど、謎の2ヶ月間に何があったんだろう。 小田急線で千歳船橋に向かい、20分くらい歩いて保管所についた。 扉には空き缶が入った袋が取り付けられていて、開けた時にガラガラと音が鳴って、その音を聞いた管理人のおじさんがこっちに歩いて来て、こちらです、みたいな感じで案内されて、諸々手続きして、ついに自転車と再会した。 無くす前よりもボロボロになっていた。 サドルには三ヶ所ガムテープが貼られていて、僕がそれを剥がすと、残ったテープの後をおじさんが綺麗に拭いてくれた。 久しぶりの自分の自転車は元気だった。 晴天の下、千歳船橋から下北沢まで自転車を漕いだ。汗だくになったけど最高な気分。 7月の最後の日。 JAMでライブをした。 popiyaってバンドのライブを最近は良く見るんだけど、スゲーいい歌歌うなー。キラキラしてる。 何人かにライブを褒められた。見てくれた皆さんにも本当にありがとうを。最大に感謝してます。楽しかった。良い曲を書こうと思う。もっともっと高く昇りたいのです。見届けて欲しい。写真の彼はハートたちのベース。 8月はすぐにやって来て、もう今夜にはライブがある。膝の皿ジャックってバンドのレコ発。 今年のJAMFESの最後のライブに感動してくれて、どうしても企画でトリ前にライブをして欲しいと、ボーカルの竹迫からメールがあったし、直接も言われた。 どうしてもフロムTokyo全員では出演できないんだけど、それでも良ければって伝えたら、それでも全然よろしくお願いしますと言ってくれて出演が決まった。 オレらが撮影で新宿駅東南口に集まった日、膝の皿ジャックのドラムのハヌケスキーが死んだ。電話が来ていて、折り返したらそんな電話だった。ぐっっっとなって、撮影が終わった後にメンバーには伝えて、頑張ろうってすんごく思った。 めっちゃ楽しい日になるといいし、僕も心の底から楽しもうって思う。胸いっぱい。

抱きしめるふりして、抱きしめてもらってた。

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7月24日。 去年は最終日の深夜からしか行けなかったフジロックフェスティバル。 今年は初日に行けた。 新宿から埼京線に乗り、赤羽で乗り換えて群馬県高崎へ。そっからJR上越線に乗って越後湯沢へ。シャトルバスに40分くらい乗って苗場スキー場についた。 ゲートから入場して一番デカイGREENSTAGEにつくと、吉川晃司がちょうどBE MY BABYを始めるとこだった。超いかしてた。 その後に泉谷しげるが出てきて、春夏秋冬を歌ってくれた。初っぱなからめっちゃ最高で、その次にTHE VACCINESってバンドが出た。特に2曲目が最高だった。 WHITE STAGEに移動してペトロールズを見た。上手すぎて引いた、、。 少しして、木道亭で井乃頭蓄音団が始まった。 僕にとってのフジロックのベッドライナー(フェスの目玉バンド。)でした。 聞いた事ない曲も何曲かあったけど、全編通して、全曲が必然的に流れてきて、本当に感動した。今まで見た井乃頭蓄音団のライブで一番良かった。 またGREEN STAGEに戻って、ONE OK ROCKを見た。なんか音が凄すぎて引いた。かっこよすぎた。 少しだけmotorheadを見て、ハナレグミを見に行った。最後の曲でクラムボンの原田郁子と、RADWINPSの野田洋次郎が出てきて、みんなで野田洋次郎がハナレグミに提供した歌をやってくれた。良い曲過ぎてその場にいた人、みんな固まってた。 蝋燭きれい! その後に奥田民生を見て、GREEN STAGEに戻ってFOOFIGHTERSを見た。デイブグロールが骨折しているのか、松葉杖だった。ギターが超爆音。ステージの装飾が他のバンドより豪華だった。 2日目も見たくてたまらなかったけど、なくなく東京に帰った。越後湯沢からの電車が3時間おきくらいにしか動いてなくて、1時間半くらい電車を駅のホームに座って待った。 めちゃくちゃ気持ちの良い風が吹いてた。 気づいた時には埼京線に乗っていて、20駅くらいがあっという間で、 またいつもの新宿についた。

この街に帰りたくない、と思った。

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7月15日。 ばぁちゃんが亡くなった。 86才だった。 ばぁちゃんは40歳そこそこの頃に、じぃちゃんを亡くしてる。だから僕は父方のじぃちゃんに逢った事がない。それから40年以上、 ばぁちゃんはじぃちゃんの仏壇に手を合わせ続けてた。 ばぁちゃんはいつも保育園の帰りに北24条まで迎えに来てくれた。一緒にハイヤーで家まで帰った。タクシーじゃなくて、ハイヤーだった。ばぁちゃんの20代の写真を見た事がある。とても綺麗な人だった。 僕は28才。ばぁちゃんとは60才くらい違う。オレが生まれるまでの60年。どんな事があったんだろう。 昨年の10月に札幌帰った以来、全然逢いに行けてなかった。 あん時に東京戻ったら「ばぁちゃん」って詩を録音して、CDウォークマンと一緒に送ろうと思っていた。ごめん結局送れなかった。 母さんからLine来て、それで知って、 涙止まらなすぎて道でうずくまってたら、めっちゃ急に雨降ってきて、なんか泣いちゃダメって言われてるみたいだから、泣くの辞めた。 でも、 札幌に帰る飛行機が飛び立つのに合わせてばれないようにめっちゃ泣いてしまった。 シャワーあびるふりしてばれないようにめっちゃ泣いてしまった。 札幌に着いた夜、ばぁちゃんと同じ部屋で寝た。変な夢を見た。 いろいろと終わった夜に、父さんと弟とカラオケに行った。 僕が歌いたい歌を入れているだけなのに、父さんも弟も大好きな歌だった。やっぱ家族なんだなって思った。 「いっつも部屋でミスチルばっか歌ってたんだからミスチル歌いなよ」って父さんに言われた。でもミスチルは結局歌わなくて、代わりにって訳じゃないけど、森山直太朗の「さくら」を歌った。 「うまくなったな」って父さんが褒めてくれた。 一緒に父さんと玉置浩二の「メロディ」を歌った。完璧なハーモニーだった。 一緒に弟とGOING STEADYの「The Bridge」を歌った。めちゃくちゃ良かった。 嬉しくて呑みすぎて、その後はほとんど覚えてない、、、。 甥っ子の名前が「虎じろう」っていう。 まじかよって感じだ。 弟夫婦にもうすぐ子供が生まれる。 虎じろうの弟。 出産予定日、ばぁちゃんの誕生日と一緒だってよ。 良かったな、ばぁちゃん。